第12話 春祭り

 「お嬢様、朝ですよ!」

ジョアの呼ぶ声で目を覚ます。

「今日はお支度したくがありますからね、パパッと朝食をお済ませになって下さいな」


 カーテンが開けられるとまぶしい光が差し込んでくる。

「よくお休みになられましたか?」

「はい、とっても」


 そう、あんなに目が冴えていたはずなのに、あっという間に眠ってしまった。このベッドの寝心地が良すぎるからだ。


 言われるまま顔を洗い、髪をくしけずってもらっていると、アンネが朝食を持って来た。ハムとチーズと野菜がはさまれたバター香る三日月パンに、熱いミルクティーと果物だ。


「お昼は、美味しい物をたくさん買ってもらって下さいね」

アンネがウィンクする。


 朝食が済んだら、身支度だ。この世界の衣服は貫頭衣タイプが多いので、着替えはそれほど難儀ではない。


 今日のゾフィの場合なら、白いアンダードレスを着て、ピンクのワンピースを重ね、腰には革製の華奢なベルトを巻く。


 まだ肌寒いので、グレイのフード付きマントを羽織る。足もとはニーハイソックスを履き、ずり落ちない様にガーター紐で結ぶ。きれいな茶色の、柔らかい山羊皮のショートブーツを履いたら完成だ。


 髪形は、サイドの髪を後ろでたっぷりと結び、くるりと返して銀の髪留めを着ける。


 こちらは殿下からですよ、とジョアが白と紫色のアネモネとピンクのカスミソウを髪に差してくれた。春祭りでは髪に生花せいかを差すのが常らしい。


 仕上げにアンネが軽く白粉おしろいをはたいてソバカスを目立たなくし、ほんのりと紅ものせてくれた。


 数日間だけとはいえ、適度な睡眠と栄養のある食事は、十五才の少女の血色をいくらか改善した。年相応とはいかないまでも、かわいらしい女の子といった風にはなった。


 そんなゾフィの姿を見て、ヤーデは少し驚いた様に目を見開くと優しげに笑った。

「やあ、きれいに出来たね。とても似合っているよ」


手を取り、馬車に乗せてくれる。水色の、裕福な平民が着る様な腿丈ももたけのチュニックに、白い細身のスラックスを履いている。今日も腰のベルトには象嵌細工の短刀が差してあった。

 こちらもやはりフード付きの外套を羽織っていたが、主に目立つ容姿を隠すためだろう。


 馬車の道中、衣服や花のお礼を述べた。ヤーデは美しい笑顔で、どう致しまして、と返した。


 繁華街の入り口で馬車を降りると、街はすでに祭りを楽しむ人々で賑わっていた。至る所が花で飾られ、屋台や店舗からは良い匂いが漂い、広場では大道芸や寸劇が繰り広げられていた。


 ゾフィはこんな賑やかな光景を見たことがなかった。わあ、と目を輝かせていると、雑踏に紛れそうになる。ふいに右手を取られた。

「はぐれないでね?」

「はっ、はい・・・!」


 その体温にドキドキしながら付いていく。王都を歩くのは初めてだ。アッシェンで何度か祭りには行ったことがあるが、比べ物にならないくらい人が多く、華やかだった。そして楽しかった。


 屋台で串焼きやクレープを買って食べたり、大道芸人が火を吹くのを見たり、ヤーデが「俺にも出来そう」と真顔で言うのに大笑いしたり・・・。旅の楽団の奏でる音楽に合わせて、二人で踊ったり。


「少し疲れたかい?」

ゾフィは体力があまりない。気遣って店先のベンチに連れていき、飲み物を買いに行ってくれた。


 ゾフィは、未だにこの生活が夢ではないかと思えて、ぼんやりとする。


 どうかしたの、と果実水を持ってきたヤーデが問う。

「いえ、わたし、こんなに良くして頂いたの初めてで。どうやってお返ししたらいいのかな、って」


 それを聞いてヤーデは悲しそうに微笑んだ。

「君はそれくらいの価値がある人だよ」

「え、価値・・・?」


「言い方が悪かったね。君は国の兵士や貴族をたくさん助けただろう?その対価はこんなものじゃ足りないくらいだ。君の力は得難えがたいものだよ。それが分からない者たちの所に居ちゃいけない。君はもっと大切にされるべきだ」


「あ、ありがとうございます・・・」

そんなことを言ってくれる人は今までいなかった。価値がある、大切にされていい、こんな言葉がジンと胸の奥に沁み渡っていく気がした。


 祭りもピークを過ぎる頃、新しい王と王妃のお披露目を兼ねて、大通りをパレードすることになっていた。その日は警備の兵や騎士が大勢街に出て、厳戒態勢であった。


 大公家は友好のあかしに王の馬車を先導する大役たいやくを担っていた。


 ヤーデとその騎士たちも今日は正装である。鎧こそ着けていないが、白い騎士服に白いマント、公太子であるヤーデの背にだけ赤い十字が刺繍してある。

 騎士たちのものは黒い十字だ。腰には細身の剣を佩き、黒鹿毛の馬に乗る。


「殿下のお姿を見たら、街中の女達が卒倒しますなあ」

ゴードンがニヤニヤして言う。

「・・・やめてくれ」

客寄せパンダじゃあるまいし、と何やらブツブツ言っている。


「みなさん、素敵です~」アンネが頬を染めて言う。ねっ、お嬢様!とゾフィに振る。

「はい、とっても素敵です!」

コクコクとゾフィも頷く。ゾフィも今日はアンネと街に出てパレードを見物するのだ。新しい深緑のワンピースを着ている。ヤーデは、ふっと微笑むと、後は頼んだ、と館の護衛に言い置いて馬を進めて行った。


「ささ、お嬢様、あたし達も行きましょう」

早く行っていい場所を取らなくちゃ、とゾフィを急かす。


 アンネが見つけた場所はパン屋の店先のテラス席で、大通りが良く見えた。早く来たおかげか、人はまだそんなにいない。護衛のリックさんと三人でお茶を飲みながら待つ事一時間、カポカポとひづめの音が聞こえてきた。


 先頭は王国の騎士たちの行進が続く。青を基調とした騎士服で、グリフォンが描かれた白と緑の旗を掲げている。


 その後は、各領の騎士たちだ。赤色の獅子がおどるアッシェンの旗も見える。


 やがて一際大きな歓声が聞こえてきた。王家の馬車がやって来たのだ。屋根のない四頭引きの豪華な馬車に国王夫妻が乗っている。


 ヨアキンはたっぷりとした毛皮のマントをはおり、刺繍も煌びやかな上着に宝石が美しい腰帯をつけ、王冠をかぶっていた。相変わらず感情の読めない笑みを張り付けている。


 イレーネはというと、やはり王妃の冠をかぶり、これまた豪華な、そでと襟を毛皮で縁取ふちどったドレスを着て、露わになったデコルテには王家の首飾りがかけてある。


 惜しみなく美しい笑顔を振りまいているが、どこか人を見下すような、高慢な雰囲気があった。


 その馬車の前後には、前方に三騎、ヤーデを先頭にザックとゴードンがいて、後方には二騎、ディーとセルカが追う。


 セルカが持つ槍の先には、白い五弁のバラの中心に赤い十字が描かれたディローゼン家の紋章がはためいていた。


 騎士たちは女性に人気が高い。王国や近衛にいる名高い騎士が通る度にきゃあきゃあ言っている。だが、ヤーデが現れると、ゴードンが言った通り、いや卒倒はしなかったが、皆騒ぐのも忘れて見惚れていた。あれはどなたなの、大公国の方だわ、などという声が聞こえてくる。

 

 さらに、騎上のヤーデが観衆の中にゾフィたちを認めて微笑んだからたまらない。一帯の女性たちが一斉に黄色い声をあげた。

「殿下も罪な人ですねえ・・・」

アンネが耳に指を突っ込みながらぼやくのだった。

 

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