第8話 王妹マリエル
ヤーデはゾフィと会った後、王妹マリエルの私室へと向かった。お茶の誘いを受けていたのだ。
「ヤーデ兄様!」
会うなりマリエルはヤーデに抱き着いた。
「やあ、マリー、立派な淑女になったと思ったのだけど、間違いだったのかな?」
笑ってマリエルの顔をのぞき込む。王より一つ下、ヤーデよりは三つ年下だが、久しぶりに会う又従妹は、あどけなさも消え美しく成長していた。
濃い金髪にやや吊り上がった青い目、胸をそらして立つ様は、彼女が気の強い女性だということを示していた。
「意地悪ね、久しぶりに会ったんですもの。嬉しくって」
「それは、失礼しましたね、マリエル王女殿下」
ヤーデは
「あら、どういたしまして、ヤーデ公太子殿下」
そうやって二人で笑う。
顔なじみの侍女と女官がお茶を運んできた。ナッツやドライフルーツがふんだんに使われた焼き菓子が供されていた。
「そのお菓子はね、今城下で評判なんですって。タレー通りにある小さなお店なの」
「・・・・もしかして自分で買いに行ったのかい?」
マリエルは一瞬しまった、という顔をしたが、慌てて付け加えた。
「一人で行ったわけじゃないのよ。このロベルが護衛についてくれるもの」
と、後ろの護衛騎士を指す。短くかりそろえた茶色の髪に、黄緑色の瞳をした生真面目そうな若い男である。ヤーデは目で名乗りを促した。
「ロベル・ボーデと申します。ディローゼン公太子殿下」
「ボーデというと、外務卿の?」
「はい、ボーデ伯爵家の三男でございます」
「そうか・・・」ボーデ伯といえば、コルネの腰巾着の一人だったが・・・。チラリとロベルをうかがうが、すでにまっすぐ前を見ていて、空気に徹することに決めたらしい。
うふふっ・・、マリエルが笑い声をこぼした。
「昔、四人で城を抜け出したことがあったわね」
十年程前、ヤーデと双子の妹公女エスメラルダが城下へ行こうと企てていたら、なぜかヨアキンとマリエルもついてくることになった。それがばれて、後で大人たちにこっぺりと怒られたのだ。
「そうだったね・・・そこのエマ女史にも絞られたっけ」
苦笑いをしながら、マリエルの後に控える女官を見る。エマは気まずそうに微笑んだ。
彼女はマリエルが幼い頃から仕えていて、王女の話し相手の傍ら、礼儀作法から諸貴族の内情まで教える役目を担っていた。
そのため大公家の双子もエマには世話になった。共に控える侍女も子供の頃から見知った者だ。
ここは昔のままだね、と言ってカップを口に運ぶ。
「・・・ええ、あの女が来てから、城も随分変わってしまったわ」
あの女とは、もちろんイレーネ妃のことだ。ヤーデは再びロベルを盗み見る。相変わらず無表情だ。
「・・・街はね、お父様のもとで立ち直って来た様にに見えるけど、人々はまだ貧しい者の方が多いのよ。ううん、それどころか富を得た者と、無くした者との差がひどくなっているの」
マリエルはおそらく度々市井に降りているのだろう。
ヤーデは少し意外だった。兄が出来るなら自分もできると言っては三人の後をついてきて、出来ないとわんわん泣いていたわがまま姫という印象だったが・・・何が、誰がマリーを変えたのか。
今度はロベルとエマを見る。ロベルは相変わらずだが、エマと侍女リナは温かい目でマリエルを見つめている。
「はあ、でもお兄様もお兄様よね。どうしてメルディ姉様の後に、あんな女選んだのかしら」
まあ、それには完全に同意するが。
「まだ、あの子の方がましだったわ」
あの子、ああゾフィ・マルガ嬢か。
「彼女は・・・少々待遇が悪いようだね?」
「わたしも姉様がお妃にならないのが悔しくて冷たくしてしまったの・・・それにあの女のやることはもうわたしには止められないわ。」
きれいな顔が後悔と苦渋の表情で歪む。それでもヤーデは嬉しくなった。マリエルはなぜ、という顔をする。
「いや、あの小さいマリーが他人の事を思いやれる立派な大人になったなと思ってね」
「もうっ、だから子供扱いをしないでって言っているのに!」
その後は、思い出話や親しい人の近況などの話題で、楽しい時間を過ごした。帰り際には親愛の意味を込めて抱きしめ合う。
「何かあったら・・・
ありがとう、ヤーデ兄様。マリエルは目を潤ませてそう言った。
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