第5話 邂逅
ヤーデはアッシェン候の案内で聖女ゾフィと会うこととなった。彼女は王族の居住する一角ではなく、客間を居室として与えられていた。
今日は用意された会議室のような小ぢんまりとした応接間に通される。
「久しぶりだな、ゾフィの嬢ちゃん」
ゲオルクが気安く声をかけた。
「ゲオルク様!」
テーブルに一人で座っていた少女が、嬉しそうに立ち上がった。
くせのない淡い茶色の髪に薄い水色の瞳、これまた薄い肌の色をしていて、あまり血色の良くない顔にはソバカスが散っていた。
神殿仕えの者が着るような
痩せているせいか、手足が長く、大きな目がぎょろりとした印象を受ける。
「なんかまた痩せたんじゃねえのか。ちゃんと食わせてもらってるのか?」
ゲオルクが少女の頭をワシャワシャと撫でる。ずいぶん気さくな関係のようだ。
ヤーデの視線に気づいたゲオルクが、気まずそうに紹介した。
「あー、こちらがギルベルトの妹、ゾフィ嬢だ。それでコイツはディローゼンの公太子ヤーデ殿下だ」
「初めまして、ゾフィ嬢」
ヤーデはにこやかに挨拶をした。
「は、初めまして、公太子殿下。ゾフィ・マルガと申します」
ローブの裾をつまんでお辞儀をした反対の手をヤーデが取ろうとした時、少女が硬直した。一瞬、緊張のためかと思ったがそうではなかった。
ゾフィの目はヤーデの腰の剣を
「おい、ゾフィ?大丈夫か?」
ゲオルクが背に手を当てて心配そうにのぞき込んだ。
「ああ、すまない。魔剣にあてられたんだろう」
ヤーデの佩いている剣は、「グラム」という魔剣で、五年前に双子のエスメラルダが「時の竜」のところから持って来たものだ。魔力を吸われるかわりに、持ち主は様々な大技を使うことが出来る。
それにしても魔剣を見ることが出来る者がいるとは思わなかった。
彼女の顔色を見る限り、状態や性能が見えているという感じではない。
「聖女」の「眼」にしか見えないものがあるのかもしれない。かなりの怯えようだ。
(そんなに
剣帯から下がる真っ黒な剣を見下ろす。もう一度出直した方がいいかな、と考えているとドアがノックされた。
「お客様にお茶をお持ちしたのですよ」
「王妃様・・・」
そう呟いて、今度こそ少女が緊張する。彼女には見向きもしないでイレーネはヤーデに言った。
「ヤーデ様、またお会いできて嬉しゅうございますわ。どうぞおくつろぎになって」
侍女たちがお茶の用意をしているのを、ゲオルクがあっけに取られて見ていた。
「きっとこちらではお茶もお出ししないだろうと思って」
クスリと笑うと、王妃はゾフィを
「さあ、今日も特別な茶葉をご用意しましたのよ」
「ありがとうございます、王妃殿下」
ヤーデは世にも美麗な笑顔を浮かべて言った。
「しかし残念ながら、この後マリエル王女殿下とお茶のお約束があるのです」
マリエル王女の名を聞いて少々機嫌を損ねた王妃は、侍女を引き連れて退室していった。
「ぶはっ、お前さんも性格悪いね。マリエル王女は王妃の天敵だからな」
「そうなんですか、でも、嘘は言っていませんよ」
「ったく、あいつらゾフィに侍女も付けねえで、嫌味はいっぱしに言ってくるんだな」
「わたし、だいたいの事は自分で出来ますから」
ゾフィが力なく笑う。
「それじゃあ、俺は今日のところは失礼するよ。日にちが決まったら迎えを寄越そう」
「おう、わかった。またこっちから連絡するわ」
そう言うとヤーデは護衛のザックとディーと共に部屋を出た。
「明日にでも王都邸の方に移るつもりだ。ここは居心地が悪すぎる。あとは、彼女を迎えることになるだろうから、部屋と侍女の手配を」
「承知しました」
ここでディーが主の命を遂行するため離脱する。このお調子者はこう見えて有能だ。それを横目で見送ってマリエルの部屋へと向かった。
ゾフィはゲオルクとヤーデを送り出し、質素な居室に戻ると一人ベッドに腰かけていた。
今日はゲオルクと久しぶりに会うことが出来た。ゲオルクは兄ギルベルトの
それにしても、公太子殿下はゾフィが今までに見たことがないくらいきれいな男の人だった。
ゲオルク卿の令嬢、アマンダを始めて見た時、何てきれいな人なんだろうと思った。その後、国王陛下やマリエル王女に会った時も、身分の高い人は美しい方が多いのかしら、なんて思ったものだ。
しかし公太子殿下の美貌は、何というか超越していた。
さらさらと光る金髪、高貴さと知性をたたえた緑色の瞳、通った鼻筋、美しく弧を描く形のよい唇。そして優雅な振る舞い。
白い騎士服がよく映えていた。
でも近付いて、気付いてしまった。最初はあの方自身からだと思ったけれど、よく見たら腰の剣から恐ろしい黒い気配が出ていたのだ。
その黒い「影」は彼の、すらりと均衡のとれた体躯のまわりで
もっと失礼のない態度を取ればよかった。ゲオルク様は、味方にすればあんなに頼りになる奴はいない、と仰っていた。今度はちゃんとごあいさつをしなくちゃ・・・。
今日は朝から何も食べていない。もう何か考えるのも
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