第4話 御前会議2
アッシェン辺境候領は、西の守護を担っていて、百年ほど前に西隣のクレイヴという騎士国連合を併合してできた土地だ。クレイヴを統合してからは戦火から遠のいているが、西の砦の向こうは魔物も多く、土地もやせていてあまり裕福とはいえない。
アッシェン候ゲオルクは、そんな厳しい環境で生き抜いてきたからか、筋骨たくましい大男だ。赤茶けた髪とひげ面の熊のような風貌で、性格もおおらかで豪胆だ。
自らも慎ましい生活を好んでいるため、領民からの支持も高い。
先ほどコルネが嫌味を言ったように、ディローゼンは多くの貴族と婚姻を結んで来た。もちろんこの時代の王侯
ゲオルクをよく知るヤーデは、彼を見て「うちの遺伝子どこ行った」と考えていたが、ふと現実に引き戻された。
「なんと!英雄ギルベルトが」
白髪の紳士が叫んだ。
年若い下士官だったギルベルトが、新兵や若い騎士だけで、何倍もの帝国軍を退けた武勇伝は、年配の者には知れ渡った物語であった。
「ああ、そのギルベルトがな、可愛い妹が良からぬ待遇を受けているのが我慢ならんと言って、一度里帰りさせろとな」
「よ、良からぬ待遇などとっ・・・」
「してるだろうが。年端もいかぬ娘を討伐だと連れ出し、それ以外は貴族や金持ちの治療をさせているそうだな?」
ゲオルクが凄む。コルネがその気迫に押し負けたところで、その熊のような男は続けた。
「そもそも、聖女を王妃に、という条件で城に連れて行ったはずだ。それが無しになったんだ。もうここにいる意味さえないだろうが」
再びコルネが悔しそうな顔をする。
「それでギルベルトの意向としては、信頼篤いディローゼン公太子ヤーデ殿下に、聖女ゾフィ・マルガを送り届けていただきたい、とのことだ」
そう言ってヤーデの方を見る。
「承知しました。責任を持ってお送りいたしましょう」
「なっ、待て、そんな勝手なことを・・・」
「よい、許す」
突如、年若い王が割って入った。
「へ、陛下?」
「余も聖女のことは気にかけていた。聖女の身柄は縛ってはならぬというのが世の掟だからな。余からも頼む。ヤーデよ、聖女を家族のもとに届けてやってくれ」
「謹んで承ります」
ヤーデは胸に手を当てて頭を下げた。
そうして会議は続き、様々なことが議題に上がったが、可笑しいくらい何も決まらなかった。
内務卿コルネは終始不機嫌であった。他の大臣はそんなコルネの機嫌をうかがっている。
ヨアキン王は無機質な笑みを浮かべ、壇上から落ち着きのない家臣たちを見下ろしていた。
貴族たちは何かを決断する能力をどこかに置いてきたようだった。ざわざわとどうでもいい話に興じている。あるいはあとから始まる宴会に心を奪われているのかもしれない。
(まさに「会議は踊る」だね)
頬杖をついて、ヤーデはぼんやりと考える。聖女を送り届ける、という話は事前にアッシェン候から受けていた。
『ゆくゆくは、大公家の預かりにして欲しい』
ゲオルクはそう言った。
『うちはお前さんとこと違って、しがねえ
『いざという時は、矢面に立てと?』
『ああ、出来んだろ?』
ゲオルクは野性味あふれる顔でニヤッと笑った。
『・・・まあ、王家には貸しの一つや二つはありますからね』
「聖女」なんてものは、まるでこの世界に投げ込まれた金のリンゴのようだ。誰もかれもが手に入れたがるが、その代償は計り知れない。たとえリンゴを手にしても、身に過ぎた望みを持てば、結局身を滅ぼすことになるのだ。
ディローゼンは今や確実に強国となった。食料生産も軍事力も周辺国で我が国に対抗できるものはないと自負している。
ケガや病に倒れるものも減り、治癒師や薬師も順調に育っているのだ。
(だからうちは特に「聖女」なんて要らないんだよなあ)
聖女に目をつけている貴族がいくつかあるという話だ。彼女を預かるということは、そんな貴族を相手にしなければならない。
これ以上守るものが増えても困る、これが公太子の本音だが、大国ゆえに時代の渦に巻き込まれるのは必然なのだろう。
これから世界も、そしてこの若者の運命も、大きく動き出そうとしていた。
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