第3話 御前会議1

 明くる日は、王の御前で主な貴族と領主たちが集まって会議が開かれた。時事や外交に関する問題を討論し、解決策を模索する。ただ、王の側近の顔ぶれは一新していた。


 長年務めた宰相は高齢を理由に辞していた。彼は先代に忠を尽くした人で、厳格で真面目な老臣であった。後任は最近侯爵位を継いだクライン卿で、同じく内務卿を引き継いだイレーネ妃の父、コルネ子爵と何やら事業をしており、近年金回りが良いようだった。


 その他、外務卿や商務卿、軍務卿などは新しく指名された者たちだった。


 ヤーデは、クレシカの臣下というわけでもなく気楽な立場で会議に参加していた。隣国の公太子が王の婚礼の祝いに出席するのは、両国の関係が良好だと内外に知らしめるためで、ヤーデの主な役目は、後日予定されている王夫妻のパレードと宴席に花を添えることだった。


 そうはいってもヤーデの祖母はクレシカの王女で、産みの母もこの国の貴族出身であった。それゆえ知り合いには事欠かない。今も隣にはオーヴ公爵リアムが座っていた。


「あなたが宰相にでもなられるのだと思っていましたよ、オーヴ公」

「はっ、私はコルネに嫌われているからね。まあ、財務を担当しろとか言ってきたが、嫌だと蹴とばしてやったのさ。あんな男にこき使われるなんてごめんだからね」


 オーヴ公もまたクレシカ王家の血筋で、大公家とは気の置けない関係を築いていた。


彼は四十代半ばで、線が細く、無造作に伸ばした茶色の髪を後ろで結んでいる。体があまり丈夫ではなく、学者体質で書庫に籠っていることが多い。ここ最近も調子を崩して療養していたそうだ。確か適齢期を少し過ぎた娘が一人いる。


 先王の評価では、武の才能は皆無だが非常に小賢しい男で、人の扱い、金の扱いがうまいのだとか。こちらも先王との気さくな関係がうかがわれる。


「城の中を見たかい、悪趣味だったろう?アレらは公と私の見分けもつかないのさ。あんなどんぶり勘定じゃあ、その内立ち行かなくなるだろうね。ざまあ見ろさ」

公爵が悪い顔で笑う。


「そんなに悠長に構えていてよろしいのですか?この国にはまだそれほどの余力があるとお考えで?」

リアムはヤーデのまっすぐな視線から目をそらし、椅子に背を深く背をあずけると息を一ついた。


「策があるかと言えばね、よい策はないよ。よくない策ならないこともないがね。私も後悔をしているんだよ。エルヴィンが・・・先王陛下が亡くなってから、無理をしてでもあの子の傍を離れるべきではなかったとね・・・あの子はよくできた子だったから、まさかあんなやからを引き込むなんて・・・」

この国はもう・・・その言葉を飲み込んでヤーデに問いかけた。


「君はどうだい?あの少し愚かでかわいらしい又従弟またいとこを、いざという時に、切れるかい?」

若者は端正な顔をほんの一瞬曇らせたが、壇上の王を見つめながら、迷いなく答えた。

「俺はいつだって、わが領のことを一番に優先しますよ」


 ようやく、開会宣言が王によってなされた。最初の議題は隣国リベル帝国についてであった。


「帝国の侵攻に備えて河岸線に兵を集めておくべきだと考えます」

軍務卿タッセンが提案した。ひょろりとした長身の男で、鋭い印象の細い目は蛇のような狡猾さを感じさせる。いかにも軍人上がりという風体だ。


「しかし新皇帝アレニウスの世になってからは、拡張主義はなりをひそめておりますが・・・」

河沿いに領地を持つ貴族だろうか、意見が上がる。


「ふん、そうそう方針など変えられるものか。いかに身分の低い女から生まれたこといえ、七男か八男かは知らんが、あの狂皇帝の子だぞ。そのうち仕掛けて来るに決まっておる」

内務卿コルネが口をはさんだ。


 新皇帝アレニウスの父親、オットー四世はかなりの野心家で、周辺国へ度々戦争を仕掛けていた。クレシカ王国も、ディローゼン大公国も十六・七年前に侵攻を受けたことがある。


 さらにオットーは好色家でもあった。後宮には常に二十人からの妃がおり、六男七女をもうけた。アレニウスの母親は商家の娘で、彼は十三番目の子、正確には六男として生を受けた。


 しかし兄弟仲は悪く、血で血を洗う争いの末、一度は次男が即位したが、その横暴ゆえ数年前に断罪された。そうして帝位に就いたのがアレニウスだ。これが他国へと漏れ伝いくる情報であった。


「左様ですとも。今こそオーリス王国と親交を深め、有事に備えて関係を強固にすべきだと考えます」

外務卿ボーデ伯爵がコルネの意見を請け負った。


 オーリス王国は、クレシカの川向こうの国で、南北に長く、南の国々とも交易が盛んだ。帝国から戦を仕掛けられたことも少なく、国内はそれなりに安定し、工芸や手工業が発展していた。ただ、先の戦では狂皇帝に港を一つ奪われていた。


 ヤーデは驚いた。もちろん表情には出さなかったが。帝国を刺激しないためにオーリスとは積極的に関わらないというのが、今までの外交のセオリーであった。それを外務の要が覆すような発言をしたのだ。


「あとは竜王国でも引きずり出せれば良いのですが・・・」

「ふむ、竜王国か。そういえば何代か前に公女が嫁いでおられましたな。そのご縁で何とか渡りをつけてはもらえませんかな、ディローゼン公太子殿下?」

嫌味たらしくニヤリと笑ってコルネがこちらを向く。


内心ため息を吐きながら発言する。

「・・・残念ながら百年以上も前のことなので無理ですね」

「おや、それはまことに残念ですなあ、いかに多くの婚姻を結んだとて、いざという時に使えぬというのは・・・」


ヤーデは、今度はあからさまに「はあ」と息を吐いた。

「わが領には海港と河口付近にしか港がありませんしね。竜王国と接触するなら、西のテトロ港の方が最適ではないですか」


 今リーネ河の往来は、帝国の影響を無視しては出来ない。竜王国はリーネ河をさらにさかのぼった所にあるのだ。むしろクレシカの隣国である。最も竜王国は今鎖国状態で、百年ほど前から外交の舞台には現れていない。現状、竜王国と交渉するのは無理なのだ。


 そんな意味も込めて、ヤーデはやや横柄に言った。コルネは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

「それで?出来もしない連合を夢見て、戦でも始めるつもりなのかな?」

オーヴ公が追い打ちをかける。

「まさかオーリスと組んだくらいで帝国に勝てるなんて思っていないよね」


帝国と戦になる、と聞いて場内がざわついた。

「帝国にそんな力が残っているのか?」「あの国の魔道兵は手強いぞ」「今また兵を取られたらわが領は・・・」

「帝国に勇者が現れたという噂があるが・・・」「バカな、そんな、おとぎ話じゃあるまいに」

様々な声が聞こえてくる。


「う、うろたえるでない、静まれっ、そうだ、わが国には聖女がいるぞ!」

コルネは声を張り上げた。そうだ、どんなケガや病も完璧に治してしまう聖女。あれがこの手にある限り・・・。


「あー、その聖女についてなんだがな・・・」

ここで初めて発言したのは、アッシェン辺境候ゲオルクだ。

「彼女の兄、ギルベルトが返して欲しいと言っているのだ」



   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る