アディショナルタイムという名のおまけ

: 耐久しよ!

: いけるいける!

: 100万耐久やー!

: 5000なら行けるって

: 登録した〜!

: もっとめでたい日にするぞ!

: ハッシュタグナイス!

: 同接17万人いたら5000人は絶対いけるで!


 放送終了間際に気付いた登録者数百万人という偉業を前にして、既にチャット欄は過去一番と言っていいほど狂気乱舞していた。


 激流が如く下から上に流れていくコメントは減速する様子が無い。


 時間は無いが後日と言えばシラけるのは分かりきっている。

 上手く収拾をつけるにはばっさりと切って二次会と称した別枠を取るか、このまま時間ギリギリまで粘るかの二択だが……


「え、どうしますこれ」


 粘るだけならその後すぐ終われるが、別枠を取るなら恐らく必要以上に時間を取られてしまうだろう。


 明澄はスタッフや澪璃らといった周りへ相談するように顔を向けた。


「一応巻きではあるからあと数分は……」

「でも、どうやって繋ぐの? アポ無しの逆凸する?」

「危ないわ! ダメに決まってんだろ」


 電話のジェスチャーをした澪璃の提案は夜々に直ぐさま却下される。

 端に控えるスタッフも手で大きくバツ印を作って主張しているのが見えた。


「あのぅ、スタッフさんが逆凸はダメだけど、ぎりぎり七分は繋げるって言ってますぅ」


 ひっそりとスタッフとスケッチブックでやり取りをしたらしい。

 てとてとと小走りでピンク髪を揺らす姫乃が伝言ゲームをしてくれる。


「じゃあ、百万人までみんなのいいところ言ってこ!」

「いや急に気持ち悪いだろそれ。小学生かよ」

「じゃ、かんきつ先生の面白エピソード一覧で良いんじゃない?」

「よぉーし、それでいこう! あ、氷菓だけは先生のいいところね」

「それ、七分じゃ足りませんけど?」

「そういう問題? まぁ繋げりゃいいんだからいいや。はい、うかまるどうぞ!」


 ほぼほぼ勝手に決められていく案に対して、最早意見なのかも分からないことを言いながら明澄は首を傾げたが、なんならウェルカムとばかりに澪璃は無理矢理ソレを振る。


「え、えぇ……」


 そんなこと言われましても、なんて驚きと困惑を表情から飛び出させつつも、「そ、それでは、」と満更でも無さそうにしているあたり、また明澄らしいと言えば明澄らしいか。


 澪璃は内心で色ボケめと毒づいていた。


「良い所ですよね? え、えぇと……そうですね、ママのお声、お顔、優しい、博識、歌がお上手、機転が利く、冷静、イラストが世界一、お料理上手、包容力、無茶振りでもなんだかんだしてくれる、時間を守る、トーク力、面白い――」


 と、すらすらと出るわ出るわの大詠唱だった。


 さっきまでは五人でどう百万人まで繋げるか相談しあっていたというのに、初めからそんなものは存在しなかったんじゃないかという勢いで明澄は彼の良いところを並べていく。


 流石に十七万人も見ていれば登録をしていない視聴者なんて万を超えるものだ。


 スタッフが気を利かせて、いつの間にかチャンネル登録者数のリアルタイム版を彼女たちの背後にある巨大スクリーンに表示させているが、みるみるうちにカウントが進んでいった。


: あと、500!

: ¥26904

  前祝い!

:てぇてぇ

: 来るぞ!

: 登録したよー!

: それは愛が過ぎるってぇ

: 最後の最後までてぇてぇ!

: 神回すぎるっ

: HK$-50.00

  300切ったぞー!


「おい、こいつほんとに七分使っちまうぞ」

「あ、あ、あ、あ、……てぇてぇ。ばたんきゅーっ……!」

「お、負傷者出た」

「もう、めちゃくちゃね」

「――ファン思い、ノリがいい、人気者なのに奢らない、楽しくさせてくれるところ、娘思い……」

「来た! てか、もういいからそれ!」

「あ、いくよ!  いくいく! あ、いった! いったいった! いってるいってる! 氷菓! 百万人いったよ!」


    1000000人


 残り二分弱となったところで、ついにチャンネル登録者数は百万人を達成した。


「わわっ! ありがとうございますっ! 百万人達成しましたー!」


 瞬間に、方々から「おめでとう!」と声を掛けられ、周りにいたスタッフも音が乗らないようになっているのか、遠慮なく拍手で祝ってくれている。


 明澄はそれに応えるように手を振り会釈しながら再度壇上に立ち直すと、マイクを持って両手を掲げぴょんぴょんと跳ねながら全身で喜びを表現した。


 チャンネル開設からほぼ二年半。

 最初のデビューから数えれば四年を超える。


 本当に澪璃と二人で始めた頃を思えばとんでもない大出世だろう。チャンネル登録者が四桁を横ばいに停滞していたこともあったし、同接が二桁前半なんて当たり前で、そのことを思えば感慨深さは計り知れないもの。


 この配信を見ている人たちにも初期から追ってくれているファンやリスナーもいるのだろう。

 チャット欄のお祝いはお祭り状態にまで昇華していた。


: ¥50000

  最高の誕生日だね! 100万人とお誕生日おめでとう!

: 100万人だぁぁぁぁぁあ!

: おめでとう

: ¥10000

  100万人おめでとう!

: おめでとう!

: ¥50000

  100万人おめでとうございます!!!

: ミリオンライバーの仲間入りじゃー!


「――本当に本当にありがとうございましたー! それから後日また記念の雑談とか実は100万人記念グッズとかも予定しているので、そちらも楽しみにしてて下さい! それではこんうか〜!」


 余韻に浸りたい気分だがお開きの時間は必ずやって来る。

 精一杯の感謝を込め、目尻に微量の涙を溜めながら明澄が締めの挨拶を残すと、放送が閉じられた。


 そうして、氷菓の誕生日ライブはぷろぐれすの伝説の一つになるのだが、今はまだ熱を残した空のステージに過ぎない。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以下、今回未登場の庵くんの反応


「こ、これでいいのか……!? まぁ、本人が楽しそうなら良いか」


「というか、俺が恥ずかしいだけの最後だったような……うん、後で三回は何かからかってやる」


「おめでとう、お疲れ様……さ、迎えに行くか」

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