第113話 聖女様と無自覚に

 交際報告となった誕生日のお祝いは、案の定様々な質問が飛び交ったりした。


 いつ付き合ったのだとか、どこが好きなのか、などはまだ良くて、明澄が思わず赤面してしまうくらいの際どい質問が出たりして、庵が助け舟を出したほどだった。

 二人は余すことなく、付き合いたてカップルの洗礼を受けていた。


 途中、訳あって退席した者もいたが、控え室は庵と明澄の交際報告に未だ興奮冷めやらぬ状態。澪璃たちでこの有様なのだから、学校に登校した時はどうなってしまうんだろうか、とそちらが心配になったくらいだ。


 ひと通り問い詰められた後の今も、微笑ましげな視線が庵と明澄に降り注いでいた。


「はー。昨日の今日で、とな。あんな感じで付き合ってなかったの不思議だわ」


 怪訝そうな表情で頭を掻く、葵の口調は呆れたものだった。

 友人としての距離感を庵と明澄はとうに越えていたのだから、前日の様子を見ている彼女からすれば至極真っ当な意見だろう。葵が呆れるのも無理はなかった。


「どっちも奥手みたいだったからねぇ。ま、その分あまあまのあまって感じが漂ってるけど。なんにせよ、あすみんが幸せそうで良かったよ」

「ええ。その節は澪璃さんにはお世話になりましたからね」


 感慨深そうな口ぶりでにひっ、と口角を上げて抱きついてくる澪璃に顔を下向けて、明澄が軽く会釈しながら笑みを浮かべる。


 気心のしれた仲ともあって庵との進展とか悩みとか、恋愛相談に乗って貰っていたのだろう。明澄の恋が成就したおかげで、双方ともに嬉しそうにする姿があった。


 誰も澪璃の心情を覗くことは出来ないが、きっとこの恋愛を一番応援していたのは澪璃で間違いないだろう。

 屈託なく笑う澪璃はどこか満たされているようだった。


「ほんとだよぉ。庵くんは私に興味無いんでしょうかとか、交際の定義ってなんですか? とかさぁ。めちゃくちゃ相談されまくってたしね」

「ちょ、ちょっと澪璃さんっ!」

「あんなにおろおろして恋する乙女してたあすみん、めっちゃ可愛かったなぁ」

「やめて下さいっ。私、絶対変なこと言ってましたし」


 おどけながら明澄から寄せられた恋愛相談の中身を澪璃がぶちまけていく。

 恋に悩む乙女な部分を晒されたとあって、明澄は慌てて口止めに掛かるのだが、あっさりと身を翻した澪璃に翻弄されるばかり。

 結局、捕まえきれず澪璃に言われ放題だった。


「まあ、変な事っていうか、ちょっと重いというかメンヘラっぽいところあったよね」

「め、メンヘラ……」


 思いがけない指摘をされて、明澄は小声で復唱しつつ、数秒考え込むと……。


「い、庵くん! わ、私は別にメンヘラじゃないですからね?」


 はっ! と振り返り焦った様子で見上げてきた。

 赤い顔をした明澄は取り繕いつつ否定する。

 メンヘラに良いイメージは無くても気にはしなかった庵だが、明澄はあせあせと手振りしながら弁明していた。


 ちょっとくらい重くても良いぐらいだし、どちらかと言えばさっぱりとした関係性よりも望むものだ。

 明澄の様子からそう伝えてみても、果たしてフォローになるかは不明だが。


「俺は明澄が好きでいてくれるのならなんでもいいけどな」

「そ、そういう問題じゃなくてですね。お、重いのは……嫌じゃないです?」

「そっちのがはっきり分かるし良いと思う」


 おずおずと上目遣いでこちらを見つめる明澄の頭に、手をやりながら庵は微笑みかける。

 嫌では無いと分かって安心したのか、明澄は小声で「そうなんだ……」とすっと目を細めていた。


「俺は鈍いらしいからなぁ」

「紳士さんだったから余計に踏み込んでくれませんでしたしね」

「明澄だって、色々遠慮したくせに」

「あれ、私も悪いですけど、庵くんの告白が遅かったからでもあるんですけどね?」

「へたれで悪かったな」

「そこまでは言ってませんが……」

「まぁ、もうその心配はさせるつもりは無いから」

「……本当です?」


 若干疑いの目が明澄から向けられているのは、日頃の振る舞いの所為だ。

 へたれたにへたれた庵が悪い。


 ただ、最初の一歩の足取りがとてつもなく重かっただけではあるので、これからは大丈夫だろう。

 次はきっともっと早く庵から伝えられるはずだし、積み重ねるスピードも方法も上手くやれる、そんな自信が今は胸の内に灯っていた。


 怪しんでいる明澄に理解してもらおうと、庵が髪に触れるように撫でれば、くすぐったそうにしてそれを引っ込めた。


「任せといてくれ」

「まったく、口だけは調子いいんですから」


 それだけでも進歩ですけどね、と明澄は片目を瞑って苦笑する。


 そうして、もう呆れも懐疑も無くなったはずなのだが、どこからかため息が聞こえてきた。ワンテンポ遅れて辺りに視線をやれば、角砂糖でも直接口にしたかのような表情を作る澪璃たちがいた。


「見せつけてくれるなぁ……おめでたいことだからいいけどねー」

「こりゃ、重症ね。恋の病の。治さなくていいやつだし」

「お前らそのへんにしとけ。さっきから鳩ちゃんが昇天繰り返してるから」

「あ、あっ、……あ、あっ……」


 三者三様の感想を女性陣が甘ったるそうに口にする。プラスで、痙攣と今にも吐血しそうな勢いでダメージを受ける女子が一人ほど。

 普段は奏太と胡桃に見せつけられる側だったが、今日からは彼らの仲間入りを果たしたらしい。


 各々から発せられたものと視線に気付いたとて、時既に遅し。


「やべ……」

「あ、えと、……っ〜〜!」


 他人には見せない、見せるつもりのないやり取りをお披露目してしまい、明澄は茹だるように染まった頬ごと両手で顔を覆う。


 交際関係を明らかにするつもりだったとはいえ、二人きりの時にするやり取りまで明かす予定はなかった。

 撫でたり甘い言葉をかけたりすることが自然になったのはいい事なのだろうが、弁える必要はある。


 コントロールが効かない自分とやらかしから、熱が全身を侵食するような気分だが、これは戒めとしておく。

 庵は口の端が引き攣りそうになるのを堪えるのが精一杯だった。


(教室では気をつけないと……)


「あっま。甘過ぎるでしょ。なにこれ、あたしこんな青春経験したことないんですけど?」


 赤面する二人を見て絶句したあと、舌を出したさとりが皆の意見を代弁する。


「あはは。そりゃさとりちゃんには無理でしょ。まず風呂入らないと」

「そんなの澪璃もでしょ。お嬢様学校で出会いなんてあるの?」

「学校でなくても、外行けば全然あるし……あるもん」


 羞恥に耐える二人を余所に、澪璃とさとりが小突き合いを始めた。


 互いにカウンターを決め合いながら、泥仕合の様相を呈しているのはレベルの低い戦いだからだろうか。そんな争いに虚しさを感じたらしく、澪璃はため息を付きながらこちらを振り向いた。


「でも、やっぱり寂しいねぇ。あすみんが離れていくみたいって言うか、なんか失恋した気分」

「失恋って……貴方、失恋したことないでしょう?」


 嬉しさ半分寂しさ半分といった感じだろうか。

 どちらともつかない微妙な笑みを浮かべ、眉だけ困らせる澪璃に素っ気なく明澄が返すのだが、そこに昔から慣れたやり取りと関係性が垣間見えた。


 庵が割って入れない何かがあるように思えて、羨ましいやら微笑ましいやらと、感情は忙しかった。


 絶妙に複雑な気分で庵が眺めていると、庵の胸中をその視線から察したのか澪璃は、にまっと湿度を消した視線を飛ばしてきた。


「で、お二人さん。そこに愛はあるんか?」

「急になんだよ。……まぁ、無かったらこうなってないだろ。なぁ?」

「ふふ。愚問ですね」


 にやにやと澪璃が揶揄ってくるので、庵は明澄の手を握りつつツッコミを入れながら、堂々と彼女に見せつける。

 そして、隣りで明澄がほんのり照れつつ頷いていた。


「ほんと、妬けちゃうね……うん。うかんきつなんかやめろ」

「おい。こら」


 その仲睦まじさにあろうことか澪璃は、二人へのヘイトを笑いながら口にする。

 ただ、祝福も混じっていた事は紛れもなく感じ取れたので、そんな彼女に庵と明澄は小さく笑うのだった。

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