第102話 広まる噂と反応
明澄とお出掛けした週末が明けて迎えた月曜日。
教室には庵が想像した通りの騒々しさがあって、高校生活史上最大の居心地の悪さを庵は味わっていた。
六月半ばとあって絶妙に蒸し暑い中、人だかりなんて作りたく無いはずだが、そこら中で仲の良いグループが集まって噂話をしている。
勿論、話題となっているのは庵と明澄の仲について。
川崎たちから漏れたものと、別の生徒たちも目撃していたらしく、言いふらされている状態だった。
そもそも林間学校の頃からちらほらと噂はされていたし、最近は特に多くなっていた。それが先日のお出掛けを目撃されたことにより、一気に噴出した形だった。
「朱鷺坂って、水瀬さんと付き合ってんの?」
「この間デートっぽいのが目撃されてるんだけど?」
「というか誰? ってレベルで人が違う……」
この反応は予想の範囲内だったから良いけれど、やはり質問攻めにされたら気が滅入る。
朝、教室に入った瞬間は凄かった、その一言に尽きた。
だから明澄と出掛けたことを認めつつ、交際関係は否定した。見た目に関しては、学年で一、二を争う美男子である奏太のお陰、と言ったら納得された。
「あのね、水瀬さん。聞いてもいい?」
庵からのコメントはそれなりに信用はされたが、疑いは晴れておらず、明澄にも質問が向かうのは当然だろう。
いつも通りの聖女様を演じ物静かに読書をしていた明澄に直接尋ねる女子が現れると、ざわめきの勢いが増した。
庵にも向いていた視線はあっという間にそちらへ集められ、質問はその女子を皮切りに特に男子からも飛んで行くようになった。
「朱鷺坂と付き合ってるってホント? あいつは否定してたけどさ」
「庵くんの答えが全てと思って頂ければ」
「でも、手を繋いでたって聞いたよ?」
「彼は紳士ですから、エスコートして下さったんですよ」
クラスメイトに囲まれながら次々に質問されるのだが、明澄は普段と何一つ変わらない聖女様の笑みを浮かべつつ、庵の回答をベースにして答えていた。
騒がないで下さい、と明澄が一言周知すれば収拾がつくだろうから、庵は胃が痛い思いをしながら見守る。
庵の答えを踏襲したので、明澄からも交際を否定したことになり、そのお陰で教室は僅かに落ち着きを取り戻し始める。
しかしながら、明澄が庵を名前で呼んでいたことや一緒に出かけていたことには、そこそこの動揺が広がった。
交際の否定を喜んでいいのか、自分たちにはない明澄との仲の良さを嘆いていいのか分からない、といった反応を一様に男子たちが示していた。
「それで、水瀬さんは朱鷺坂君のこと好きなの?」
折角、騒動が収まりつつあるというのに一人の怖いもの知らずの女子によって、ついに明澄へストレートな問いがぶつけられてしまった。
なんてことを聞くんだ、と庵は強烈な胃痛を味わいながら、まさかその場で答えが返ってくるのではないか、と気が気でなかった。
さらに彼女の口調は、どこか明澄を詰問するような語気の強さがあったりと、併せてそちらも不安になる。
何か問題が起きたりしないだろうかと、庵は一人その質問をした女子を教室の端から怪訝そうに見やった。
「ふふっ。その答えは庵くんに言いますね」
「だよね。ここで聞くことじゃなかったよ」
結果、庵の心配は杞憂に終わった。
にこりと笑う明澄が回答を控えると、同時に女子の雰囲気も和らいだ。
その代わりと言ってはなんだが、教室の隅で見守っていた庵に好奇と嫉妬の視線が向けられることになる。
(俺、刺されやしないだろうな?)
男女にまつわる嫉妬ほど怖いものはない。たまに浴びせられる殺気には、流石の庵も動揺せずにはいられなかった。
「もういいですか?」
「あ、うん」
「それと、庵くんにも迷惑が掛かるので、今後こういうのは控えてくださいね?」
庵の状況を察したのか、明澄は牽制を加えつつ質問を打ち切った。
聖女様からのお触れとあって十分に効力を発揮するだろうが、仲の良さを証明する訳でもあるから一長一短なのが悩みどころだ。
付き合ってはいないが二人が親密であることに対して、女子たちからは賑やかに黄色い声が上がっている。
また別方向からは、どんよりとした恨めしげな視線が向けられ、庵は大きくため息を吐く。
前の席に目をやれば、ただ黙ってにんまりと笑いながらサムズアップしている
おまけ
明澄との噂が広まると、学校内である変化が訪れた。
それは、明澄への告白の回数や遊びのお誘いが増えたことだ。
庵とは親密でも付き合っていないとあって、最後のチャンスと思ったのか、過去に例を見ないほどの勢いで明澄へ男子が殺到していた。
とはいえ、いつもの調子で明澄はにべもなく断るので、玉砕した男子の屍が増えるだけだったが。
ただ、変化はそれだけでなくて――
「これから庵くんと帰りますので」
「すみません。庵くんと予定がありますから……」
「庵くんたちと一緒にご飯食べるので、御遠慮させて頂きますね」
明澄が断る口実に毎回庵の名を出す、というこれまでにはなかった現象も発生していた。
「あ、庵くん。アイス買いに行きましょう」
ついでに、そんな風に明澄がよく声をかけてくるようにもなった。
その度に、怨嗟混じりの嫉妬の視線と恨み節が男子から、女子からは黄色い歓声が上がって、庵の胃腸はきりきりと痛めつけられていた。
おまけのおまけ
ある、うかんきつのコラボ放送後の
:最近、うかまるとママの距離近めだよな。てぇてぇ過ぎて、100兆回は昇天してる
:てぇてぇが、てぇてぇで、てぇてぇ
:もはや、匂わせならぬ見せつけ
:まじで仲良いのが推せる。杞憂やってるうかまるのガチ恋よ、うかんきつごと推せ。さすれば救われん
:真夜中に通話するカップルみがあって大変よろしい
:配信開始前からイチャついてるし、配信中もイチャついてるし、Cパートもイチャついてて、我にっこり。最近、うかんきつのてぇてぇの供給多くて、ほんと助かるというか、神に感謝s……彼の日記はここで途切れている
:てぇてぇな ああてぇてぇな てぇてぇな
:この二人だけは暖かく見守れる。世のカップルは爆発してどうぞ
:てぇてぇ過ぎて、口角が大気圏を突破しました
:うかんきつがトレンド入りする度、結婚報告じゃないかと思うまでになってしまった。お前ら、責任取って結婚しろ。
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