第100話 聖女様と迷子
「明日、絶対噂になるよなぁ」
川崎たちと別れた後、明澄の手を引きつつまたショッピングモールをぶらついている中、庵はふと呟く。
周囲の店に目をやりながら隣を歩いていた明澄は、庵を困ったように見上げた。
「私と噂になるのは嫌ですか?」
「いや、別にそんなことはない」
「それなら良かったです。私としてはそれが心配でしたので」
前にも似たような事を聞かれたけれど答えは否である。
逆は兎も角、明澄と噂になって嫌な思いをするなんてことは、天地がひっくり返っても有り得ない。なにせ懸想する相手なのだし、なんなら嬉しく思ったりと明澄に対する気持ちの自制が効かないまである。
心配そうに見つめてくる明澄にすぐ様首を振って答えると、明澄はほっと息を吐いて胸をなで下ろしていた。
「寧ろ、聖女様と噂になるなら光栄な事だよ」
「そうなんですか?」
「学業優秀、温厚篤実、家事万能。オマケに美少女と来た。噂されて嫌なわけがないよ。仕事のパートナーでもあるし、明澄の良い所を知り過ぎて言葉じゃ足りないくらいに、俺には勿体ないとは思ってるし」
「……い、庵くんは、私を褒め殺す気ですか……?」
これでも割愛した方だ、と苦笑すれば、「天然たらしが出てます……」と明澄が腕に赤らんだ顔を隠すように、ぎゅうっとしがみついてきた。
「あの、庵くん」
まだまだ続くウィンドウショッピングだが、気になった店に立ち寄り、新たに紙袋を増やして店外へ出てきたところで、明澄が庵の耳に口許を寄せてきた。
「ん?」
「あそこ、見えますか? 靴屋さんの立て看板のところ、小さな女の子が一人でいるんですけど」
「あ、いるな」
「迷子でしょうか?」
ちょん、と明澄が指先を向けた先には、所在なさげにウロウロしている女の子がいた。
だいたい、四、五歳くらいだろうか。
泣いたり父母の名前を叫んで探していない辺り、迷子っぽくもないけれど、尋ねてみない限りは分からない。
「どうだろ。迷子なら放置は心が痛むな」
「ですよね。確かめてみましょうか。迷子でしたら可哀想です」
大丈夫だろうとスルーして、何かあった時に絶対後悔する。
高校生といえど、周りにいる大人として無視するのは気が引けるし、このままだと楽しくショッピングができないだろう。
心配そうにしている明澄と共に、庵は女の子の元へ駆け寄った。
「ちょっといいです?」
「なぁに?」
「もしかしてお父さんとお母さんと迷子になってしまいましたか?」
「……うん」
明澄が柔らかな表情と口調を携えて、女の子に話しかけると、彼女は元気無さそうに答える。
「やっぱり迷子でしたね」
「仕方ない。迷子センターまで連れてくか」
明澄と顔を見合わせて頷く。
迷子と分かって庵の心配が増し、一刻も早くどうにかしてやりたいが、はやる気持ちを抑えた。
優しい雰囲気の明澄の方が落ち着くだろから、怖がらせないように彼女に任せて庵は後ろで見守ることにする。
「心配しなくても大丈夫ですからね。私たちがお父さんとお母さんに会わせてあげますから」
「ほんと?」
優しく慈愛に溢れた口調で、迷子の女の子に話し掛ける明澄は本当の聖女様のようだった。
普段から柔和に笑ったり優しく微笑む姿を見たことはあるけれど、今日は一段と優しげな様子の明澄に、庵の鼓動が跳ねていた。
「ええと、私たちお母さんたちと会える場所を知ってるんです。だから一緒に行きましょうか」
「おとーさんとあかーさんが知らない人に付いていっちゃだめ、って言ってたから……」
「なるほど……」
聖女様モードの明澄ならなんとかしてしまうと思ったが、思わぬ壁が立ちはだかった。
最近の子はしっかりと危機管理をしつけられているらしい。両親の教えを守っている女の子に感心するけれど、同時に困惑を明澄との間で共有する。
「庵くん、どうしましょう?」
さっきまで微笑んでいた明澄の顔色に、焦りが見てとれた。
強引に連れていく訳にはいかないし、かといってこの場でこの子の両親を探すは困難だ。
庵と明澄は、うーんと顔を見合わせる。
「んー、ちょっと俺に任せてくれるか?」
「わかりました」
しばし考え込んでから、いくつか妙案というか作戦を思いついた庵がそう申し出る。
なんとかできるかは分からないけれどやってみる他ない。
明澄と入れ替わるようにして、女の子の前にしゃがみこんで視線を合わせた。
「あのね、お兄ちゃんのお話聞いてくれるか?」
「いいよ」
知らない人について行くのはダメでも、話は聞いてくれるらしい。
そういうところはなんだか微笑ましいものがある。隣で明澄もくすりと笑っていた。
「実は、お兄ちゃんとお姉ちゃんも迷子なんだ」
「そーなの?」
出来るだけ表情を柔らかくし、庵は怯えさせないように心がけ、満を持して告げる。庵を見守る明澄は目を見開いて驚きつつ、興味深そうにこちらを見つめていた。
割と変なことを言っているので、あまり注視されたくはないのだが背に腹はかえられない。
興味を示してくれた女の子にそのまま向き直る。
「うん。だからね、俺たちもお父さんとお母さんに会える場所に行きたいんだ。えっと、あそこの白い服のお姉さんがいるところ見えるか?」
「うん、見えるよ」
庵たちがいる場所は施設の中心に位置しており、目の前が吹き抜けになっている。
今は二階にいるのだが、その下は広場とホールになっていて、フェンス越しに見下げた先にちょうど迷子センターがあった。
「あのお姉さんたちがお父さんとお母さんを探してくれるんだよ。でも、お兄ちゃんたち、どうやったらあそこに行けるか分からないんだ。君は知ってたりしないかな?」
「えっとねー、あっちのね、えべれーたーで行けるよ?」
庵の問いに元気よく答える女の子は、ぴしっとエスカレーターを指差して教えてくれる。
言い間違えと覚え間違いについつい顔が綻ぶ。
そんなことも知らないの? といった感じだけど、それこそ庵の思惑が成功した証だ。
いい感じに誘導出来ている。あとは最後のひと押しだけ。
「そっか。でも、お兄ちゃんたちで行けるか心配だから、案内してくれないかな?」
「……分かった! 教えてあげる!」
トントン拍子に話が進むのが怖いくらいだが、上手くいったのならそれでいい。
見守っていた明澄に振り向くと、彼女は目を丸くして、不思議そうにこちらを見やっている。
女の子を誘導した庵の手際の良さに驚いているのだろう。
「庵くん、凄いなぁ……」
頬に朱色と熱を帯びさせた明澄は、感嘆混じりの微かな声音を漏らし、感嘆まじまじと庵を見つめていた。
まさか普段、適当な性格の庵にこんな芸当が出来るとは思っていなかった、といった感じか。基本的にスペックで負けている明澄に、少しは頼りになるところを見せられだろうか。
「明澄、行こう」
「……あ、はい」
ぽーっと、こちらを見やるだけの明澄の手を引き、庵はエスカレーターの近くで「はやくー」と二人を呼んでいる女の子を追いかけた。
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