第96話 聖女様とお出掛け
「庵くん、……お待たせしました」
約束のお出掛けの日。
待ち合わせ場所である庵の自宅に明澄がやってきて、お出掛けがスタートした。
明澄とのランデブーポイントと言えばここしかないから、待ち合わせも何もない訳だが。
リビングに現れた明澄は、普段とは違うとはっきり分かるくらいにとても綺麗で、庵は息を飲んだ。
「お、行くか」
「庵くん……」
「なんだ?」
「……何か、言う事はないのですか?」
ソファから腰を上げ衣服を整えるのだが、明澄がシャツの裾を掴んできた。寂しそうな表情を見せる明澄の髪は丁寧に編み込まれており、いつもより艶があってふわりと揺れる。
加えて、唇はとぅるんと潤うペールピンクで、ネイルもしっかり光沢があり、明澄のどこを見てもばっちりお手入れされていた。
なにも言わないのは許されない状況だった。
「ごめん。言うのは恥ずかしくて」
「……じゃあ許してあげなくもないです」
女性がお洒落をしていたり、普段と変わったところがあったら口にするべきだとは心得ている。
勇気があるかどうかは別ではあるが。
それでも明澄が楽しみにして準備してきたのだから、臆していないで褒めるべきだったと庵は後悔した。
「ごめん。ちゃんと似合ってるし、すごく綺麗だよ」
「……そうですか、良かったです」
きゅっと結んでいた口許を綻ばせている明澄は、その服装も相まってより可愛らしく見えた。
いつもより気合いの入れているのか、ボウタイブラウスにはドレープフレアスカートのキャミソールワンピースを合わせていて、白と黒で上下にメリハリがある。
キャミソールタイプでハイウエストということもあり、露出は少なめだが、明澄のスタイルの良さが生かされていた。
派手さを抑えたシンプルな装いは、明澄の清楚さをより前面に押し出しているが、袖は七分ほどで程よく肌が見えていたりと色気を忘れてはいない。
また、髪が揺れるとたまに顔を出すイヤリングが少し艶やかだった。
「庵くんも似合ってますよ」
「ん。ありがと」
「オシャレさんで、すごく良いと思います」
明澄が装いに力を入れてくるのは予想できたから、今日は庵も髪は勿論服装も時間をかけて選んだ。
袖口がフェイクレイヤードになっている黒のシャツはボタンを開放して、その下には白い無地のトップスを用いている。
ボトムスはシンプルなスキニーデニムだから、上はゆったりと下はシュッとさせて緩急をつけた格好になっていた。
首元にはシルバーアクセサリーのネックレス、手首に腕時計をつけているのがポイントだ。
とんでもなくお洒落かと言われたら悩ましくはあるが、明澄と並んでもおかしくはないだろう。
「明澄はいつもと違って良いというか段違いだし、服以外もその、ネイルとか髪とかも可愛いと思う」
「……あの、一度褒めたら勢いが増すの、なんなんですか……」
「お世辞と思わせるのは悪いしさ」
「ふふ。そんなこと思いませんよ」
僅かに赤みを帯びた表情で明澄がくすりと笑っているが、素直で優しい彼女のことだから本音だと分かる。
庵の言葉を真正面から疑いなく受け入れてくれることが嬉しくて、明澄の頭を軽くだけ撫でた。
しっかり仕込んだ髪を乱れさせる訳にはいかないから、手加減には気を使う。初めは髪を気にするような素振りを見せた明澄だったが、すぐに目を伏せて喉を鳴らしていた。
お出掛け前とあって、髪かそれとも撫でられるか、二つの選択肢の内、後者を選んだ明澄に苦笑する。
「……もう。髪がぐしゃぐしゃになるじゃないですか。このままだとおうちで……外に出られなくなっちゃいます」
受け入れはしたものの明澄は、ほんのり頬を膨らませる。
「だから、崩さないようにはしただろ」
「その扱い方が分かってる感じ、子供みたいに思われてるようでなんか嫌です」
「どうしろってんだ……」
明澄といるうちに気遣いの仕方が少しずつ分かってきた庵だったが、拗ねられるとどうしようもない。
多分、撫でる素振りを見せたところで庵の負けは決まっていた。もし手を引っ込めたら引っ込めたで、明澄は不満な顔をしただろう。
「ごめんなさい。意地悪が過ぎましたね」
「全くだよ」
「お詫びに私も撫でましょうか?」
「ワックスで手がベタベタするぞ」
「洗えばいいので構いませんけど」
「また今度にしろ。こんなことしてたらいつまで経っても外に出られないし」
お詫びというより自分がしたいだけじゃないか、と言ったら確実に明澄が機嫌を損ねるので、胸に仕舞っておく。
ついでに、明澄に触れられるのは好きだし嬉しいから、断るのを少々躊躇いそうになったことも、表には出さないようにする。
先送りだが遠回しに許可を出す形で断ると「帰ったらしますから」と明澄はなにやら決意して、一人息巻いていた。
「さて、本当に時間がなくなっちゃいますね」
「マジで何分使ったんだろうな」
「ね。そろそろ出ましょうか」
「ああ」
ようやく二人はリビングを去り、一緒に家を出る。こんなことは初めてだからか妙な感覚を味わいつつも、明澄が隣にいるのは心地良さがあった。
マンションから一歩出たら、いよいよか、と実感が沸いて来るのと同時にむず痒くなる。
流石に手を差し出すことは出来ず二人揃って歩き出すと、明澄は手が触れるか触れないかというくらいの距離に位置取った。
「楽しみですね」
そう言った明澄は甘く愛らしい微笑みを浮かべる。
ちょんちょん、と何度か互いの指先がぶつかった後、そっと明澄が手を握ってくるのだった。
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