第93話 聖女様とオフコラボのあとで

「お前ら、ふざけすぎだろ……」


 ソファの脇に積まれたプレゼントを見やりながら、庵は呆れるように声を放っていた。


 大変ユーモア溢れるプレゼントが多く、枕や雑誌の他にも式場やブライダルアクセサリーのパンフレットに不動産のチラシなどが送られてきている。


 贈り物の大体が『付き合え』ではなく『結婚前提』だったことには苦笑いをせざるを得ない。

 リアクションが取りやすくて配信的には美味しいのも事実だが。


 また、明澄が結婚情報誌やパンフレットを興味深そうに手に取っていたりと、こういうところは普通の女の子っぽくて可愛らしかった。


「ママ的には資料が増えて良かったんじゃないですか?」

「ジューンブライドのイラストとか描くし、そう言う意味ではありがたいかもしれないな」


《うかまるの新衣装来る?》《経費削減w》《先生のイラスト楽しみ》《新衣装待ってる》《ママの新郎衣装か……イイっ!》《そういえば神絵師だった》《今年は花嫁衣装あるの?》


「みんな新衣装待ってるそうですよ?」

「あー。リスナー、その事で告知あるんだよ。な、氷菓?」

「はい。来月はウエディングドレスの衣装を出したかったんですけど、ママと私とその他諸々の都合でお見送りになりました」


 まだ出していない衣装だからウエディングドレスが期待されるのは当然だろう。

 ただ、庵と明澄は夏に向けて仕事やら企画が入ってきたこともあり、新衣装のお披露目を断念していた。


 コメント欄は一度盛り上がっていたものの、二人からのお知らせを受けて、一気に残念がっている。

 そんなリスナーたちに二人は申し訳無さそうにしつつも、庵と明澄は互いに顔を見合わせてから「その代わり!」と、同時に切り出す。


「六月の私の誕生日に合わせて、特別な記念配信をします! あとグッズや誕生日ボイスも出ますし、グッズの一部はママの描き下ろしになります!」

「というわけで、みんな。ブライダル関係のグッズも別に出すらしいからそっちもよろしく」

「今年のジューンブライダルはアクスタとフォトカードなどが出ますよ。こっちは描き下ろしじゃないんですけどね」


《おおお!!》《特別配信?》《ライブ?》《楽しみ》《ライブか!?》《グッズ買います》《ママも出るの?》《特別な配信? つまり結婚式?》


 新衣装を断念したのは仕事以外にも、この配信とグッズ等の描き下ろしを優先したからで、実は運営を交え庵と明澄の間で密かに話が持ち上がっていたのだ。


 ただ、早い発表ということもあり、誕生日記念の配信ということ以外、内容のほとんどが決まっていない。今後、庵を含めて相談していく予定だ。


 少し早く告知したのは、このオフコラボが発表の場に相応しいと思ったからである。

 その思惑はばっちりと噛み合い、盛り上がるコメント欄の反応を確認した明澄は、隣で庵に向かって眩しい笑顔を見せていた。


「詳しい事はまた後日発表するので、もうしばらくお待ち下さい」

「楽しみにな! 俺が出るかどうかはわからんけど」

「ということで、本日の配信はここで終わりにしますね。プレゼント本当にありがとうございました! ではおつうか〜!」

「おつうか!」


《おつうか!》《おつうか!》《おつ》《まじ楽しみ!》《誕生日、楽しみにしてる》《おつうか》《おつです》《オフコラボ良かったよ》《おつうか!》


 初めての二人きりのオフコラボは最高潮の盛り上がりを見せ、その余韻を残しつつ終了した。


 二人は大きな配信を終えてふっと気を抜くが、配信が完全に切れたかどうかの確認は怠らない。

 明澄と庵は「切れましたね」「OK、大丈夫だ」と、共同作業で一つ一つ事故が起きないように念入りにチェックを行う。


 配信が切れたことを確認したら、二人してソファにもたれかかり「おつかれさまでした」と仲睦まじく笑みを向け合った。




「はぁ。こんなもんばっかり送ってきやがって……どうしてくれようか?」


 配信後、庵は堆く積まれている贈り物に向けてため息を吐きつつ、下がり眉になった表情を明澄に見せていた。


 香水などはもちろんありがたく貰うけれど、正直必要ないものばかり。枕は送り返すことが確定しているが、他は一応贈り物であるので、捨てるのはどこか申し訳なかった。


 とはいえ、結婚情報誌やブライダル関連のパンフレットを家に置いておくのは、明澄との間に恋愛感情を持つ庵からすると生々しくて困ってしまう。


 明澄は悩んでいる庵を躊躇うように見上げ、そうしておずおずと口を開いた。


「あ、あの処分されるのですか?」

「捨てたくはないけど、必要も無いんだよな」


 今はまだ、という語頭を付けるのは恥ずかしすぎるし、明澄と交際してから言うべきだと自覚していたから出来なかった。


「贈り物ですしね。ですが、ずっと置いておくものでもないですし、雑誌やパンフレットなどは暫くしたら、ということでどうでしょう?」

「そうだな。あと、明澄は興味あるんだろ?」

「……その何と言いますか、ええ、少しは……」


 僅かに恥じらって身を捩りながら、雑誌で口許を隠しつつ明澄は小さく首を縦に振る。そんなとても女子らしい一面を庵は微笑ましく思った。


「い、庵くんは興味は無いんですか?」

「無くはないけど、色々と何となく無理だなぁ、って感じがしてるというか……」

「無理?」

「まぁな。性格というか考え方というかな」


 もちろん、望んでいない訳ではないが、庵には男女交際より先の事がどうしても現実的には考えられなかった。

 これには庵の家族の事情なり関係なりに起因しており、彼がへたれる原因の一つでもある。

 いずれどうにかしないといけないと思っているのだが。


「庵くんは良い旦那さんになると思うんですけどねぇ」

「どうだろうなぁ」

「家事も経済力も申し分ないですし、すごく優しくて、その……か、かっこいいですし。こんなに魅力的な人のどこに問題があるというのです?」

「ほんと並べた言葉だけなら超優良物件なんだけどな」

「もっと自信を持ってください」

「難しい話だ……」


 明澄にこれでもかとべた褒めされるが、明澄だって同じようなものだろう。いや、明澄の方がよっぽど自分より魅力的で、素敵だから彼女を好きになったのだ。


 今後、こんな素敵な女性に出会うことなんてありえない、と思えるほどには明澄のことを想っている。それくらい随分と熱をあげていて、おそらくだがもう明澄から離れることは不可能だろう。


 だからこそ、想いを伝えて成就しなかったら、本格的に絶望することになる。加えて自身の問題を考えると、慎重にならざるを得ないのだ。


 庵がへたれる原因はここにもあって、情けないなぁと遠い目をしていたら、明澄がふと微笑んで肩を寄せてくる。


「仕方ありませんねぇ。それでは庵くんには、これから教えて差し上げましょう」


 微笑みを称えたまま庵の耳元に寄って呟いたら、明澄はそのまま両手で庵の頬を包み込んで振り向かせる。刹那、交錯する視線が絡み合い、それから明澄がこつんと額を当ててきた。


「えっと、何を?」

「きっと素敵で、素敵な何かを、です」


 明澄は距離を取ったあと、お茶目に口角と眦を緩めて片目を閉じるのだが、あまりにも愛らしくて庵は惚けていた。


 普段は可愛らしさや美しさを感じる微笑だけれど、今日は何故か色っぽく大人に見える。これまでだってずっと虜にされ続けてきたというのに、さらに庵は心臓を鷲掴みにされたような感覚を胸に覚えた。


 身体の全てが急激に沸騰するかのように軋み出し、爆発するんじゃないかと思う程に熱い。


 一体、今後自分はどうされてしまうのだろうか、と複雑な期待内側に灯っていた。


「さて、お片付けをしましょうか」


 言って、赤くなっている庵をひとしきり堪能するように可愛がった明澄はにこりと笑う。

 あまりにもの羞恥に耐えられなくなった庵は、「機材を片してくる」とパソコンを抱えて仕事部屋に逃げ出した。


「……あんなの反則だろ」


 部屋に入るなり庵はドアにもたれかかり座り込む。少し恨めしげに漏らしつつ、庵の心臓はうるさいほどに唸りを上げていた。


「う、うぅ……、やり過ぎました……!」


 一方リビングに残った明澄は大胆な行動をしたせいで、ソファに飛び込んではクッションに顔を埋めながら、声にならない呻きを漏らしているのだった。

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