第92話 二人きりのオフコラボ 前編
「皆さん、お待たせしましたー! 遅れてすみませんっ」
配信に遅れること約七分。
画面に向かって声を張る明澄は、少し前までご機嫌ななめだったとは思えないくらいに普段通りだった。
《お? きた?》《久しぶりのうかんきつだ!》《いいよー》《きちゃー!》《待ってた!》《きちゃー!》《きちゃ〜!》《気にしないで!》
今まで遅刻らしい遅刻がなかったお陰か、コメント欄に不満な様子は見られない。
そもそも遅刻常習犯の
期限厳守の世界にいる庵にとっては不思議、いや一部の作家には締め切りを破っている者がいるし、おかしくはないのかもしれない。
「みんな悪いな。氷菓の機嫌が悪くてね」
「私のせいにしないで下さい。ママが悪いんですからね?」
「え、俺? だって氷菓がわがまま、いてっ……へいへい、すいませんね」
《揉めてるの珍しい》《てぇてぇ》《親娘げんかもてぇてぇ》《ママの方が立場弱いのか》《何で機嫌損ねたの?》《はいはい、てぇてぇ》《夫婦喧嘩の間違いでしょ?》
庵が笑い話程度に遅刻した理由を話したり、言い訳をしようとしてペちりと肩をはたかれたりする。そんなやり取りもリスナー達には尊く思えるようで、コメント欄は「てぇてぇ」の嵐が吹き荒れていた。
過ぎたことなので、叩いた明澄もくすりとしながらノリノリである。いわゆるそういう演技だ。
でも少しだけ叩く力が強い気がした。
「まぁ、そんなことは置いておくとして」
「今日はリスナーさんから届いたプレゼントの開封をしたいと思います」
「マネさんがチョイスしてるから俺たちも中身は知らないんだよなぁ」
オフコラボで何をするのか明澄と相談した結果、初のオフコラボということでファンやリスナーと楽しめるように、とプレゼントの開封企画となっていた。
なお、事故防止のためカメラで手元を映す予定は無い。実際の庵たちの手元で開封しつつ、画面ではプレゼントの選別を行ったマネージャーの
それを元に配信を進める手筈となっており、早速庵がプレゼントの開封に取り掛かった。
「まず最初だけど、なんかデカくて柔らかいな。なんだろ……って、おいこれ、」
「一つ目からまた火力の高いものがきましたね……」
色付きで中身が分からない袋から庵が取り出したのは枕だ。しかしただの枕ではなかった。
「おい、誰だ? YES、NO枕を送ってきたヤツは! 要らねぇよこんなもん」
「お節介がいますねー」
まさかのアダルティックなプレゼントに二人は若干引きつつも、リアクションを取る。
明澄が淡々とパソコンを弄りながらソレを画面に映し出しているところを見るに、その贈り物のおふざけ具合がよく分かるだろう。
送ってきた人間もそうだが、選別した瑠々も瑠々だろう。この調子だと先が思いやられる。
《草》《草》《入り用でしょ?》《まぁ、もう持ってるもんね》《草》《www》《草》《ほんと誰だ》《あ、それわたしのやつです》《俺が送ったやつ。使ってね?》
「入り用でしょ? じゃーねぇよ! こっちは親娘だぞ!?」
「別に誰も私たちで使えとは言ってないですけどね。あれ? ママぁ?」
「やめろやめろ。燃えるって」
単純に突っ込んだつもりが失言をしてしまった庵は、冷静な振りをしつつも明澄から目線を逸らした。
本当にそんなつもりはなかったし、どこからどう見てもこの贈り物は二人宛てに送られたものだ。そんな発言になるのも仕方ないが、明澄は隙を見逃さない。
隣に座っている明澄は揶揄う絶好の機会だと、にやにやと悪そうな笑みを浮かべる。
とはいえ、庵が気付かない程度には耳を赤くしていたが。
因みにコメント欄にて「そうだね。今夜は燃えるね」などと、庵は一瞬にしておもちゃにされていた。
「勘弁してくれ。次行くぞ次」
まともに相手にしていると体力が持たない。
顔をやや赤くしながら、庵は他のプレゼントに手をつけることにしたのだが、既に疲れつつある庵を嘲笑うかのようなプレゼントが出てくることとなった。
「また同じような袋があるな。ま、こっちも開けてみるか……嘘だろ」
「これはやってますねぇ」
既視感しかないというか、さっきと全く同じ物の出現に庵は絶句した。
「なんで被るんだよォ!? そうはならんやろ」
「予備が増えて良かったですねー」
「使わねぇよ! こんなもん事務所にまとめて送り返してやらぁ!」
まさかの再登場に庵は絶叫してツッこんで、枕を床に投げつける。
ふざけんなとは思うものの、撮れ高と感じているあたり、エンタメに慣れつつある自分が怖くもあった。
《なっとるやろがい》《草》《なっとるやろがい》《草》《草》《草》《マネさん分っとるな》《二人で仲良く使ってもろて》《おもろすぎる》
「今のところまともなやつねーな。というか、これの発送元どこだよ。特定してやろうか」
「……元の伝票にはコートジボワールって書いてますね」
「対策してやがる……もういいや。氷菓、別のやつ開けてくれ」
「分かりました。あ、良い物が出てきましたよ」
「ほう?」
リスナーがふざけるのはよくある事だが、何よりも瑠々のチョイスはエンタメとして完璧だった。
あまりにもめちゃくちゃな贈り物過ぎて、庵はもう疲れ果てていたが、次の贈り物を開封した明澄がにこりと笑って庵に振り向く。
どうやら今度はまともらしい。
「これ、香水ですね。かんきつママ向けのメンズ用です。香りもシトラス系だそうです」
「おお。良いチョイスだな」
「ちょっと使ってみます?」
「そうだな」
「じゃあ、ママ。こっち向いてください」
「い、いや自分でするから」
「まぁまぁ、遠慮なさらず」
《てぇてぇやりとりしてらぁ》《ママ、やってもらいなさい》《うかまるにしてもらえるとか羨ましい》《ほほえまー》《てぇてぇすぎる》《解釈一致》
香水はあまりつけないから使ってみたくて、庵は明澄から受け取ろうとするのだが、楽しそうに香水のスプレーを持っている明澄に制されてしまう。
これは好きにさせるしかなさそうだ。
ほんのりと恥ずかしくもあったが、庵はそれ以上抵抗せず、明澄に香水を振って貰う。
ついでにコメント欄は超加速していた。
「いい匂いですねぇ」
「……香水なんてあんまり付けたことなかったけど、悪くないな」
思わず表情筋が緩くなるくらいにはとてもいい香りだった。
すんすん、と庵の胸元に鼻を寄せて匂いをかぐ明澄は、心地よさそうな表情していた。
今日初めての良い贈り物に庵は「こういうのでいいんだよ、こういうので」と、口にする。
ただ、問題が無いわけではなかった。
香りを楽しもうとした明澄がぐっと近付いてきたのだ。
しかも、このままだとベタベタとしている様子が漏れ伝わりで、制止する意味も含めて思わず手が伸びてしまったこともそうだ。
とんとんと明澄の頭上で手をバウンドさせて「離れような?」と庵が意思表示をすると、明澄は配信中だったことを思い出して、恥ずかしそうに離れていった。
ただ、その後も何度か香水の香りを堪能しようと、庵の肩付近に明澄が顔を近づけてくるので、少し笑ってしまった。
《これはナイスチョイス》《大人のアイテムやな》《香水使ってるママと会ってみたい》《うかまる、もっと実況よろしく》《香水いいよね》《送り主センスあるわ》
「これはどこかで使わせてもらおうかな。サンキュー、リスナー! さて、次のやつ行こうか」
「ですね。……えっと、あ……」
「なに? また枕か?」
「い、いえ。あの、これは……」
香水も程々にして、まだいくつかあるプレゼントに話題を移そうとするけれど、二人の前にまた問題児が現れてしまう。
せっかく、香水でいい感じになってきたと思っていたのだが、やはりエンタメを分かっている瑠々がチョイスしているだけあって、平和には配信をさせてくれないらしい。
明澄が困惑しながら庵に渡したのは雑誌だった。
手にした雑誌の表紙に目を向けると、ピンク基調の文字や、花に囲われるようにウエディングドレス姿のモデルが写っていた。
「ゼ〇シィじゃねぇか!」
また絶叫した庵は、スパンッと雑誌をソファに叩き付けた。
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