第86話 聖女様と絵師と探偵のオフコラボ 前編

「というわけで! かんきつ先生のお部屋を探索しちゃうよ! 探偵零七ちゃんいきます!」

「おいやめろ。大人しく寿司食ってろ」


 拳を作った右手を突き上げて高らかに宣言した澪璃に、庵は厄介な事を始めたな、とため息を吐く。


 配信はかんきつ、氷菓、零七による初オフコラボということもあって、異常な反響と共に始まっていた。

 配信場所は庵の部屋だが、放送は明澄のチャンネル、ご飯は澪璃が持ち込んでの開催だった。


「ま、ま、ま。硬いこと言わずにね? 家宅捜索させて?」

「家宅捜索させて? じゃねぇよ。令状は発行されてねぇから」


 開始三十分までは大人しくお寿司を食べながら雑談やらゲームやらとしていたが、唐突に立ち上がった澪璃がテンションをあげて家探しを宣言。

 隣では明澄が「おいたはダメですよ」と諌めつつ、どこか面白そうに笑っている。

 

 澪璃といえど、めちゃくちゃなことはしないだろう。盛り上がるコメント欄と共に、澪璃がぶらぶらと部屋の探索を始めてしまったので庵は諦めた。


《部屋の広さは?》《豪邸住んでそう》《でた探検隊ならぬ探偵》《探偵ゼロさま》《シャンデリアある?》《高級時計のコレクションあるってま?》


「ふむ。食器類はセットで買ってるのか複数同じのあるけど、洗面所の歯ブラシ、お風呂場のシャンプー等々一人分だね。つまり、かんきつ先生に彼女はいません! 以上、第一報でした」


《そらそうやろ、ママに恋人おるわけない》《ママは俺のモノ》《は? うかまると住んでるんだろ?》《はやく同棲してくれ》《ママに彼女いたら本当にショック》《良かった! 彼女なし!》


 一通り実況しながら部屋中を探索した澪璃は、結論を導き出しつつ敬礼しながら報告する。


 流石に仕事部屋や寝室に立ち入ったりはしなかった。

 なんなら、どこを見に行くにしても、ちらちらと何度も「見ても大丈夫?」と、律儀に確認してくる澪璃はどことなく可愛らしかった。


「先生、良かったね。ユニコーンたちは元気です」

「俺、男なんだが?」

「しかし、怪しげな可愛らしいマグカップを発見しました。ママに彼女がいるかもしれません」

「おまえ、それ……」


 澪璃は何もしなかったが、どうしてか明澄が爆弾を投げてきた。明澄は自分がいつも使っているお気に入りのマグカップを持ってきたのだ。


 自作自演する明澄は、庵に向かって悪戯っ子っぽく舌を出す。


《マジか……》《おい、ユニコーン達が死んでしまう!》《やめてくれぇ》《ママに彼女なんて居るはずないが?》《流れ変わったな》《うかんきつで完結してくれ。他はいらない》


 投げ込んだ爆弾はしっかりリスナーに作用する。

 先程から登場しているユニコーンとは、ユニコーンにまつわる伝承から、V界隈では推しの恋愛を許せない、認めたくないという感覚を持ち合わせるリスナーたちの総称だ。

 大抵はネタではあるのだが、ここではお決まりのように登場していた。


「まぁ、ママは誰にも渡しませんけどね」

「だってさ。みんな安心してね」

「お前らさぁ……」


 明澄は自分のお気に入りを自慢したかったのか、それとも他に何かの目的があるのか……。

 もしかすると、コメント欄が阿鼻叫喚|(ノリ)になっているし、配信を賑やかにしてくれているのかもしれない。庵はそう思っておくことにする。


「さてお次はクローゼット」

「まだやるのか……」

「うかまる、みてみて! ここにメイド服とかナース服あるよ! しかも着た形跡あるし」

「あ、はい……あはは」


 第二報だよ、と庵のボヤキをスルーした澪璃は、メイド服とナース服を両手に抱え爛々と眼を輝かせて明澄に見せる。


《コス衣装だと?》《資料でしょ?》《女装趣味?》《まぁ、ママは女の子だから》《みんなで着てくれ》《スパチャするので着てください》


 流石の観察眼で、澪璃はこれらが着られた事があると見抜いていて、庵は少しヒヤリとした。


 メイド服とナース服をどうしたかなんて絶対に言えるわけがない。明澄に来てもらったことがあるというのは二人だけの秘密だ。たとえ資料用としてもだ。

 死守すべき秘密を抱える庵は、明澄と一緒に悪いことをしていたみたいな感覚に襲われていた。


「これ、男の人が着るもんじゃないし、やっぱり彼女がいるのか! うかまるというものがありながら……先生どうなのっ!?」

「勘弁してくれ」

「れ、零七。やめて差しあげましょう? ね?」

「あ、そうだ。二人で着てみる?」

「それは間に合ってますから……」


 一方の明澄は過去に着た時のことを思い出したのか、僅かに頬を赤らめながら、悟られまいと苦笑いしていた。

 本当に間に合っている。庵はすでに明澄のメイド服姿もナース服姿も拝んでいて、他の衣装もそれなりにカメラロールとその目に焼き付けているのだ。


 だからこそ、バレたくないので澪璃には早く仕舞うように仕向けるが「ふーん? へー」と、澪璃がにやついた視線を向けてきている。


 恐らく色々と気付かれたのだろう。

 リスナーは知ることは無いが、勘づかれたことを理解した明澄は真っ赤になっていた。


「そうそう。みんな聞いてよー先生イケメンなんだよ。身長もそこそこあるし、優しいし完璧じゃない? 髪とかちょっとテキトーだけどね。ね、うかまる?」

「……はい。ママはかっこいいです。髪も柔らかそうで、お肌も男の人にしては艶がありますし」


 探索が終了すると、澪璃は満足して次の話題に移った。

 褒められるというのはやはり慣れないもので、むず痒さがあった。ぺろんと澪璃に前髪をいじられるので余計にそわそわする。


 明澄もここぞとばかりに褒めてきて、澪璃と入れ替わるように庵は前髪を持ち上げられた。澪璃は単純な意味を持たない接触だったが、明澄は何故か少しばかり多めに執拗に触ってくる。


 実は澪璃が庵に触れていた時に、明澄がすごく不満そうな表情をしていたのだが、それは澪璃しか知らない。


《神絵師、家事万能、イケメン。言うことなし》《それに比べて俺たちときたら》《神は残酷だ》《ママ、付き合って!》《うかまるとぜろさまはどんな感じ?》


「ん? 氷菓と零七? どっちも綺麗な女性だよ。零七は面白いし、はちゃめちゃだけどちゃんと優しいし。氷菓も優しいよなぁ。めちゃくちゃ気が利くし、なんでもできるし尊敬する。二人とも凄くいい人たちだよ」


《おお!》《美男美女うらやま》《ママ両手に花じゃん》《かんきつ、そこ代われ》《顔出ししませんか?》


 庵もコメント欄に二人の感想を求められたので、素直に答えておくが、そばにいた明澄と澪璃は身を捩りつつ照れていたりと、年相応に可愛らしかった。


 ついでに、ぽすんと明澄からパンチを食らった。

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