第74話 告知と聖女様たちのたくらみ
「もう、勘弁してくれ。国民の三大義務くらい間違えんなよォォ!」
科目が変わっても、庵のチーム状況は好転していなかった。
珍回答を連発するぱんまるに赤点ギリギリの学力を発揮するやよいと、あまりの酷さから庵の慟哭が配信に響き渡っていた。
配信だから大袈裟なリアクションをしているが、ほとんど素の反応に近いだろう。内心ではどうやって生きてきたんだ、と首を捻るほど。
両チームの得点差は理数系科目を終えたところで、明澄と庵の点数が相殺され、およそ澪璃一人分の差だ。
カレン、ぱんまる、やよいの点数はほぼ誤差である。
現在、社会科目に入ったところだが、このままでは告知が危うい。 ちゃっかり「このままだと私がご褒美を貰いますね」とそんなメッセージが紛れ込んでいたりもしていた。
「良いか。国民の三大義務は、教育、勤労、納税だ。決して、調教、過労、節税じゃない」
「大人になったらそんなものよぉ。毎年、持ってかれる税金を確定申告で還付、ひたすら編集者に締切りを追われ、分からされるの。夢なんてないってね」
「うんうん。僕もそんな感じです」
「ママたちの個人的な意見を答えにしないで欲しいな」
(それは個人的な意見じゃないんだよなぁ)
《深い闇が……》《世知辛いな》《草》《草》《悲しいなぁ》《草》《救いはないのですかぁ〜?》《馬鹿でも分かるこの世知辛さよw》《笑えねぇ》
破茶滅茶なぱんまるの回答は、ここにいる全員が確定申告やら締切りに追われる身とあって、引きつった笑いとなる。
切実すぎる彼女のセリフに、コメント欄でも悲しげな投稿が目立っていた。
「最後の科目、国語に行くぞ。と、そこ! うかまる! 自分の画面に小早川って文字出すのやめろ。裏切るな」
「ママが可哀想じゃないですかっ! こうなったら刺し違えてでも!」
「おい待て、早まるな。話せば分かる! Byいぬかいつよし!」
最終科目に入ろうとしたところで、明澄の不審な動きが咎められる。
清楚代表として大人しかった明澄ですらついに動き出すほど、二人の絵師は酷かったのだ。その目からはすっとハイライトが消え、司会に対して謀反を企てる始末。
配信上におけるエンターテインメントではあるけれど、割と声は本気だった。
そんな明澄の姿に、普段の明澄とは全然違うなぁ、やっぱり配信者だなぁ、と庵は別のことを考えて現実から逃げていたりもする。
また、澪璃も自分のママであるぱんまるの酷さに、庵と同じような目をしていた。
結局、夜々たちに引き止められた明澄は渋々『ブルータス』の文字もちらりと見せながら、裏切る気満々で引き下がっていった。
「はい、気を取り直して国語ね。問題は『いとをかし』現代語訳にせよ。まずはぱんママの回答です」
酷すぎる回答が続く所為で夜々のやる気と声の張りは無くなっており、淡々と読み上げられるだけとなっている。
そして、画面に映し出されたぱんまるの回答は『めっちゃ草』であった。もうため息も出ない。
「をかしは可笑しいじゃないんだよ。正解はとても趣きが深い、ね」
「じゃあ、そう書いてよぉ」
「それじゃ問題にならんだろ! もういいや、はい次です。やよいママは『大草原不可避』こっちもバカですねぇ。……ほんとなにこれ」
「コメント欄は大草原不可避みたいですね」
「うるせぇよ、うかまる。成人組がこの始末は笑えねぇんだよ」
回答が相変わらず小学生以下の三人。
コメント欄には「義務教育は敗北した」とか「いとやばし」など、茶化すリスナーのコメントで溢れている。
「もうやめてくれ。負け戦じゃないか……」
「やよいママ、恥ずかしい……」
「カレン! おめぇも人のこと言えねぇんだよ。なんだよ、かなりエモいって。意味合い的に合ってるのが腹立つわ」
配信は最終盤まで進行するのだが、庵がどれだけ正解していようと明澄の得点と相殺され、澪璃の点数分差が開いていくのだった。
「結果はっぴょーーーーーう!」
「発表するまでもないと思うよ」
「ま、その通りだな。じゃあ、勿体ぶらずにいくか」
全ての科目が終了し、余すことなく珍回答を紹介し切った夜々は元気に声を張り上げているが、庵のテンションは超低空飛行だった。
それもそのはず、明澄と澪璃は満点に近い数字をたたき出しているのだから、庵一人では敵うわけがなかったのだ。
これでは告知が出来ない。
ただ、罰とはいえ重大なお知らせなので、何かしらの代償と引き換えにどうにか告知はさせてもらえるだろう。
今日の彼女は司会だったから常人の振る舞いをしていたが、元々はかなりの暴れん坊だ。以前には別の配信者に禊として耐久配信だったり、強制オフコラボでゲテモノを食べさせていたりする。
庵は結果発表を聞き流し、明澄から送られてくる「ご褒美よろしくお願いしますね」というメッセージを読みながら、夜々が出す指示を待っていた。
「ママチームの五科目計は1500点中、856点で、負けです。因みに娘チームは1123点な」
「終わった……」
「はい、先生!」
「なんですか。うかまるくん」
「このままだとママが可哀想なので、救済措置をお願いします」
「うーむ。まぁ、かなりでかいお知らせだしねぇ。どうしよっかなぁ」
結果発表後、意気消沈する庵を余所に、示し合わせたように明澄と夜々が相談を始めた。
夜々の表情と口調は悪いことを考えている時そのもの。
告知のためであり、配信を盛り上げるための演出だ。我慢するしかない。
「えーとじゃあ、告知を許す代わりに、わたしのファンアートを描いてもらおうか」
「そんなことでいいの?」
身構えたものの夜々のファンアートという、比較的安い代償に庵は拍子抜けする。
「ダメです! 何、勝手に私欲を満たそうとしてるんですかっ! ママのイラストは独占させません」
だが、それは明澄が許さなかった。その瞳からはハイライトが消え、完全に目が据わっていた。流石はかんきつガチ勢だ。
結局、ここにいる全員の集合イラストを代償に庵は告知を許されることになった。
「というわけで! かんきつ、告知をさせてやろう」
「ありがとうございます。……えー、この度、わたくしかんきつは……」
いよいよだ。
司会の夜々が振って庵が厳かに言い始めると、予め知っている出演者が静かになり、コメント欄も何かを察していた。
《なに?》《デビュー日きまった?》《結婚?》《うかまると結婚だ!》《おめでとう!》《あーハイハイ、結婚ね》《デビューだろ》《もうママだし、二人目でしょ》
大半が的外れであるものの、それなりに正解のコメントが流れ……。
「来週の日曜日の午後七時、チャンネルの立ち上げに伴い、2Dモデルを使った単独の初配信を行います!」
「「「おおおお!」」」
《うおぉぉぉ!》《きたーーーー》《おおおおお!》《おめでとう!》《きたーーー!》《デビューだぁぁ!》《ママきたぁぁぁっ!》《おめでとう!》
緊張と不安が入り混じる中、庵が満を持して発表すると、明澄たちは声を上げコメント欄が加速し始めた。
同時にチャンネル主の夜々に手渡していた、告知用の画像とショートバージョンのPVが配信画面に流れ出す。
そうすると、盛り上がりは最高潮に達し、ありえない程のコメントが書き込まれていった。
ようやくこれで一段落だ。
後は配信の締めを待ち、自分のチャンネルとSNSアカウントでさっきの告知や動画をアップするだけ。
「そんなわけで結婚じゃないんだ。悪いな」
「そうです。私の目が黒い内は結婚なんてさせませんから!」
「いや、お前がかんきつと結婚するんだよォ?」
庵は明澄らとそんな会話を繰り広げながら、安心しきってチェアにもたれかかる。
「はいはい。うかんきつてぇてぇてぇてぇ。で、娘チームは告知ある? あ、カレンは酷かったから無しね」
「なんだとぉ!?」
「ふふふ、わたしはあるよぉ。うかまるも、ね?」
「と、言うと?」
夜々にたずねられた澪璃がなにやら不敵な笑みを零し、そう言い出す。
その瞬間、庵はこちらを向いてにやりとする明澄の姿を幻視した。
「はい。私たちは勝手にかんきつママとオフコラボを予定しています」
「おいこら。何を勝手に! そんなこと聞いてないぞ」
「言ってませんからね」
(こいつら、めちゃくちゃやってるな!?)
澪璃と明澄によって、まさかの爆弾が落とされた。オフコラボは何度か配信を重ねた後にする予定のはずだ。
なのに勝手にオフコラボを一方的に宣言されてしまった。
《おお!》《K3のオフコラだ!》《やっとだぁ!》《オフコラ!》《うかんきつだけもよろしく》《きたぁっ!》《オフコラボだ》《かんきつママのリアル情報よろしく》
今日はやたら大人しかった澪璃だが、初めからこの告知を画策していたからだろう。この流れなら、オフコラボくらい発表しても問題ないと判断したのかもしれない。
現にコメント欄は荒れてないし、祝福されていたり喜ばれている。現況や情勢を見極める能力は流石で、二年も最前線で配信者として活動してきただけはあった。
やられた、と庵は二人に呆気に取られるばかりだった。
「マジか! オフコラボ解禁!? んじゃ、わたしもやりたい!」
「あ、アタシも」
「お前は汚いからダメだって」
「私もしたいわねぇ。イケメンって噂だし」
「じゃあ、僕も」
コメント欄、出演者たち共に盛り上がってしまい、もう庵には収拾が付けられなかった。
そうして大盛り上がりのまま配信が終了すると、ネットでは「かんきつデビュー」「初配信」「勝手にオフコラ」「オフコラボ」「うかんきつ」「K3オフコラ」と、トレンドを庵たちが席巻した。
その後、庵の自宅の玄関からガチャリと音がして、にこりと笑みを浮かべた明澄がやってくるのだった。
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