第73話 配信前の補給と学力テスト

「庵くん。準備出来ました?」


 夜々よよたちとのコラボ配信のおよそ三十分前。

 夕食を済ませた庵と明澄は、いつもの仕事部屋で配信の準備と、来週のかんきつの初配信に関する告知用の画像や動画の確認をしていた。


 今日の放送は人が集まることもあり、明澄に最終チェックをしてもらったものをそこで告知をする予定だ。


「おっけーかな。……よーし、ようやくだな」

「はい。おめでとうございます」

「お祝いはまだ早いだろ」

「ふふ。そうですね、少しせっかちでした」

「今日は告知だけとはいえ、いよいよって感じがするなぁ」

「緊張してるんですか?」


 本格的にチャンネルを始動させると計画してから約一ヶ月半が経つ。

 明澄が配信を切り忘れたことから始まった計画だが、今ではもうココ最近一番の楽しみだ。オフコラボをしたり、明澄と一緒にいることが目的になっている気がする。


 今日は告知だけだが、リスナーやファンの反応が気になるの当然だ。楽しみとはいえ、あと一週間で配信者になると思ったら、緊張や心配をほんのりと感じていた。


「そりゃあ、少しはな」

「なんだか昔の私を見てるようです」


 ふふっ、と微笑ましげに笑みを零した明澄は庵の頭を撫でる。

 いつもなら子供扱いに思えたが、今日はなんだか別の温かさに溢れた手の動きだった。


 彼女も同じ道を通って来たからこそ庵の心境を理解しているのだろう。

 明澄は二、三回ほど庵の頭を撫でると……。


「はい。じゃあ……ぎゅ、ぎゅっと……し、しましょう、か?」


 そう言っておずおずと両手を広げた。


 自然に振舞ってはいるけれど、その頬は僅かに朱色が差している。恥ずかしさを携えながらも、庵を安心させようとしているらしい。


 おいで、ということなのだろうけど、今そんなことをしたら赤くなった顔を見せることになるし、配信中に思い出したりしそうだ。


「いや、そこまでしてくれなくても……」

「じゃあ、配信で離れちゃいますし、私がエネルギーの補給チャージしますね」

「お、おい……」


 庵は恥ずかしくて視線を明後日の方に向けて躊躇するのだが、明澄はあくまでも自分のためと言いつつ、庵の服を掴んでから顔を寄せる程度に抱きついてきた。


 無理に引き剥がすことも出来ず、庵は抱きしめようとはしたけど、歯止めが効かなくなりそうなので棒立ちのまま好きにさせる。


 十秒ほどたった頃「これで元気出ました」と明澄は赤みを帯びた表情で小さく笑ってから部屋を出ていった。


(ほんと無自覚すぎる……)


 明澄の姿が見えなくなったあと、すとんとチェアに座り込んだ庵は、熱を帯びた体を冷やすために水分を補給した。




「Vakaはどっちだ! 学力テストでV絵師親子対決〜!」

「「「いえーーい!!!」」」


 時刻は午後八時。

 配信は夜々のタイトルコールから始まり、それに呼応する形で出演者達が盛り上げる。


 大型コラボということもあり、出演者だけでなくリスナーの熱量もまた並々ならぬものがあった。


 既に一万人を集めている放送のコメント欄は、


《きちゃ〜!》《おはよよ》《おはよよ》《おはよよ!》《きちゃ!》《一万人超えた!》《おはよよ》《きたー》《メンツえぐい》《おはよよ!》


 凄まじい勢いでコメントが流れ、高額のスパチャも飛びかっている。始まったばかりなのに、この後一体どうなってしまうのか、と思うほどの盛り上がりだった。


「んじゃ、紹介していくよ。まずは娘チームのトップバッターは――」


 熱気溢れる中、夜々が清楚オブ清楚のオールラウンダーとか最強豪運配信者などと明澄と澪璃と紹介していく。


 出演者の紹介がされる度にその熱量はさらに高まり、この時点で既に二万人の視聴者を集めて今日一番の人気配信となっていた。


「はい次。ぷろぐれすの面汚し。酒、タバコ、ギャンブルの三拍子揃った風呂嫌いの天使、カレン・クズ……アズライール」

「おい、アタシだけおかしくね? クズって言ったでしょ! ママもいるんだが? ねぇ、やよいママもなんか言ってやって」

「皆様、うちの娘がすみません。どうも、イラストレーター兼バ美肉おじさんの阿久津やよいです」

「やよいママ、そいつ風呂入らせといてよ」


 いつも通りカレンがイジられ、その彼女がママを呼び出すと、ここからイラストレーター側の紹介に移った。


 阿久津やよいはピンク色の髪の幼女なのだが、中身は男のバーチャル美少女受肉おじさん、所謂バ美肉として活動しているイラストレーターだ。


 そして驚くことに、やよいはボイスチェンジャーを使いこなし、女性と聞き違えてしまいそうな可愛らしい声をしていた。


「順番的に次はV界のゴッドマザーこと、ぱんまるママかな」

「はーい、ぱんまるでーす。零七ちゃんがいるからいいところ見せたいわね。よろしくねぇ」

「えー、ぱんママ。締切りで配信延ばしたこと謝っておいてくださいね」


 続いて、零七のママであるぱんまるが登場した。

 彼女は零七以外にも複数のVTuberのキャラデザを担当しており、ゴッドマザーやビッグマムなんて呼ばれている女性だ。


 栗色のふわりとした髪に母性を強く思わせるスタイルをしているため、優しくて穏やなように見えるが、澪璃のように奔放で、そのギャップから配信者としても人気を集めていた。


 また絵師としても人気なだけあって常に締切りに追われており、配信は漫画の編集者に監視されていたりする。


「締切りは破るものなのよ。ね? やよいちゃん、かんきつちゃん?」

「破っちゃだめですよ」

「ほんと遅刻といい締切り破りといい親子だな。あ、ついでに自己紹介しとく。氷菓のママです。あと、今日は大きな告知があります!」


 そうして庵へと繋いでいくと、彼の予告した重大告知にコメント欄がさらに盛り上がり、最後に夜々が企画の内容を説明に移った。


 対決とは言うものの、出演者のとんちんかんだったり面白い回答を紹介するのがメインで、数字はおまけみたいなもの。

 対決はおまけなのに負けたチームは告知ができないという、今回の庵にとってとても重たい罰があったりする。


 そうして、配信はいよいよ娘チームとママチームの学力対決へと進んでいき、皆の熱量も否応なしに高まっていく。そんな中庵だけは別の熱を感じていた。


 なぜなら配信中、庵の元には明澄から個人チャットを通じて「勝った方が後でご褒美を貰うことにしませんか」とメッセージが送られていたからだ。




「さて、では最初のおバカ回答の紹介は理科の問題から。『人間は脊椎動物の何類か?』という問題なんだけど、まず、ぱんママの回答を見て見てくれ」


 夜々が読み上げると、ででん! という効果音と共に表示されたぱんまるの回答は『人類』。

 その瞬間、配信は大笑いに包まれる。


《人類は草》《確かにそう》《草》《これは正解では?》《ヤバすぎwww》《正解なんだよなぁ》


「そもそも脊椎動物って何か分からないんだけどぉ?」

「ママ……さすがにそれは大人としてどうなの?」

「これだけではないんだよなぁ。えー、もう一つ『カエルは何類?』というやつなんだけど」


 また効果音と共にぱんまるの回答が晒されるのだが、そこには『きもちわるい』と映し出されていた。

 最早、大喜利でもしているのかと疑うほどの回答に、今度は爆笑よりも若干引いたような笑いが巻き起こる。


《別に間違ってねぇんだよなぁ》《カエルに謝ろう》《カエルさんかわいそうw》《バカの回答はひと味違う》《カエルへの誹謗中傷で草》


「おい、やべぇだろこれ。ぱんまる先生のせいで負けるぞ! まじで告知できなさそうなんだが? 氷菓、こっちに来てくれ」

「分かりました、寝返ります!」

「おい、小早川おるぞ!」 


 同じチームのぱんまるが足を引っ張るせいで、告知できくなりそうだった庵が叫び、明澄がそれに呼応したりと、あっという間に配信は大騒ぎへと変わっていく。


「因みに、もう二人バカがいます。まずはカレン、お前だよ。ワニが菌糸類なわけないだろうが!」

齧歯げっし類だっけ?」

「爬虫類だ。ばかやろう!」

「あともう一人、やよいママ。分からなかったからって、賭ケ〇ルイとか書くなよ。大喜利してるんじゃないんだけど……」


《ママチーム終わっとる……》《草》《草》《めちゃくちゃで草》《かんきつママだけは告知させてあげて》《草》《脊椎動物って言ってるのに》《カレンはいつも通り》《バカしかおらんのかw》


「おい、どうすんだよこれ。俺以外バカだぞ! 来い! 氷菓!」

「はい!」


 次々に発見されるおバカな配信者たちに笑いが巻き起こり、ついに同接は五万人を突破する。


 そうやって配信は序盤から大いに沸くのだが、庵チームの点数は酷いもので、庵は頭を抱えながら次の科目へと進んでいくのだった。

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