第2章
プロローグ02 新しいクラス
「いやぁぁっ! なんで、また私だけ一人なのッ!?」
「落ち着け」
新学期、初日。
校舎の昇降口前に張り出された掲示板の前で悲壮な悲鳴をあげる少女がいた。
いつもの四人組はクラス分けの掲示板を確認していたのだが、見事に胡桃だけ隣のクラスだった。
つまり、庵は明澄や奏太とは同じクラスということになる。
新学年というのに変わらない組み合わせの所為か、なんだか進級した感じがしない。
庵としては、仲のいいメンツと固まることができたので、ほぼほぼ満足だ。
胡桃がいないのは少し可哀想だし惜しい気もするけれど、こればかりは運だから諦めるしかない。
庵は恋人と一緒になれなくて悲痛な叫びを漏らしていた胡桃を宥めるのだった。
「あんた、私と代わりなさい」
「むちゃ言うな。あと、揺するのはやめてくれ」
声を掛けてしまったのが運の尽き。
胡桃に肩を掴まれて、ガクガクと庵はされるがままに揺さぶられる。
文句は教師に言って欲しい。
というか、揺さぶられる被害を受けている庵が教師に文句を言いたいくらいだった。
「まぁまぁ、胡桃。離れていた方が色々燃えると思うよ。校門で待ち合わせするのもいいじゃないか」
「確かに。やっぱり奏太は天才だわ」
「結局、なんでもイチャつけるんじゃねぇか」
「良かったですね」
ポジティブな二人ではあるので、最終的にはなんだって前向きに捉えてイチャイチャし始める。
奏太の提案に胡桃は表情を明るくさせて、ひしっと抱きついてイチャつく。
揺さぶられた俺はなんだったんだ、と庵はむすっとしつつも、まぁこれもいつも通りか、となんだかんだクスリとしていた。
「いや、それにしても凄い人だかりだね」
「これも見慣れてきたな」
新しい教室に移動すると、早速明澄は多くの生徒たちに囲まれていた。
去年の入学式に始まり、各長期休暇前後はこうなるのが恒例でもう慣れている。
奏太も初期まではこうだった訳だが、胡桃と交際している今はあまり人もよってこないので余裕そうだった。
「今年は君もそれなりに話し掛けられていたよね」
「進級したからじゃないか?」
「しかも割とフランクに対応してたのは驚いたよ」
「ま、別に素っ気なくする理由なんてないし」
今年は何故か、庵もそれなりに話しかけられた。
友人の多い奏太が隣にいるからというのもあるのだろうが、それにしても少し多かったような気がする。
なにより意外だったのは女子の方が割合が高かったことだろうか。不思議だ。
「あ、悪い。友達に挨拶してくるよ」
「ほいほい」
クラスの中に友人を見つけたらしい奏太は、庵の元を離れてクラスの中心へ消えたので、庵は自分の席に座る。
そして、クラス中を見渡すとやっぱり気になるのは明澄だ。
男女問わず人気があって、集まって来ている生徒たちに困りつつも、愛想良く対応しているところは流石だろう。
特に男子たちは聖女様と同じクラスになれたことに異常なはしゃぎ具合だ。庵は少しだけ苦笑いをしながら呆れたような視線を向ける。
よくもまぁ、ここまで騒げるものだ。
とはいえ、彼らの行動は単純に交流の一環であり、明澄も受け入れている。今ならそれが分かる。
もう、以前のように不快感はなかった。
心境の変化というやつだろう。先日、明澄に打ち明けたことや澪璃と会ったことで、確実に自分が変わっているなと実感していた。
今日は、話しかけられたクラスメイトたちともそれなりに愛想良く出来たと思っている。
自分が変わらないと明澄との関係も進ませられないだろうし、努力はしてみようと庵はしばらく明澄の方を眺めていた。
「あんた、今年も明澄と同じクラスになれて良かったわね」
「なんでいるんだよ? 隣のクラスだろ?」
「ホームルーム前だしいいじゃない」
三人と別れたのが寂しかったのか、別れたはずの胡桃が庵の元を訪ねてきて、彼の隣に腰掛ける。
同時に肩に手を置かれてニヤつかれるが、少し面倒くさかったので振り払った。
「奏太はいいのか?」
「友達と楽しくやってるし、そっとしとくわよ」
「拗ねんなよ」
「拗ねてない」
胡桃が尋ねてきたのは、奏太が友達と談笑するのに夢中らしく、輪に入れなかったからのようだ。
だから、庵が標的にされたらしい。
「春休みどうだったの?」
「充実してたよ」
「ふーん。なんだ、やる事やってるのね」
「まぁ、ホワイトデー前にああ言った手前な。何もしない訳にもいかないだろ」
「ヘタレって揶揄えないのは残念ね」
「ヘタレだったとしても揶揄うな」
人気の少ない教室の後ろにある窓際の席で、胡桃と一緒に明澄の方をみやりながら、言い合う。
面倒見のいい胡桃らしく、庵と明澄の事が気になっているらしい。
彼女には明澄との関係の一部がバレているので、隠しはしないけれど、周りには聞かれないように慎重になって話す。
もし、自分たちがお隣さん同士ということがバレたら騒ぎになるだろう。
林間学校の時でさえ、居心地の悪い視線を向けられたのだ。
明澄との関係は隠しておく方がいい。
それに、なにより怖いのは、身バレだ。
春休み前に明澄は氷菓と声が似ていることを指摘されている。
かんきつとはバレなくても、二人が並んでいるとその声に気づく可能性もある。
色々と対策はしてあるので、バレる可能性は低いと思うが、話し掛けるのは、もどかしくても我慢するべきだ。
とはいえ、明澄の気持ちを確認するのも大切だから、ある程度は歩み寄って行くべきかとも悩む。
「話しかけに行ってみれば?」
「あの中に行くのは無理」
庵が悩んでいると胡桃にそう言われる。
にまりと笑う胡桃に人の気も知らないで、と言いたくなるけれど、そもそも明澄との関係を全ては話していないので、仕方ないだろう。
いずれ、信頼のおける友人と思っている奏太と胡桃には話しておく必要があるかもしれない。
今年は沢山悩み事が増えそうだった。
「あっちはそうでもないみたいだけどね」
「……みたいだな」
当分は話しかけないという選択肢を取ろうとしていた庵だったが、明澄に視線を戻すと彼女はこちらに微笑みかけながら小さく手を振っていた。
明澄はどうやら、話しかけてくる気があるらしい。
周りも誰に向けているのか気になっている様子だが、胡桃が手を振っていたので、「ああ、そういうことか」とあまり気にはされなかった。
ただ、もし庵が手を振り返していたらどうなっていたのだろう。そんな妄想がふとよぎった。
(ま、約束したしな)
春休みには一人にしないとも約束したし、明澄からしたら教室でもというのは思うものなのかもしれない。
随分と悩ましいものだけれど、これで庵の心も決まる。
教室では程よく明澄と付き合っていくことにして、一度だけ明澄と視線を合わせたら、彼女は満足そうに淡く笑みを浮かべているのだった。
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