第65話 聖女様と一緒にいるために

 別室に連れてこられた庵は若干、居心地悪そうにしながら正面の澪璃と向き合っていた。


 亜麻色の瞳を携える澪璃は、じっとこちらを見たりにこりとしたりしていて、なんだか値踏みされているように感じる。


 二人でしか話せないこともあるから、この状況は望ましいといえば望ましいのだが、やはり落ち着かなかった。


「わたし、長い話も好きなんだけど、短い方が良さそうだから単刀直入にいくね」


 数分ほど庵を観察した澪璃は、人差し指を立てながら沈黙を破る。


 ネガティブなことではないだろうけど、何を言われるのか、どんな質問が飛んでくるのか、と庵は身構えた。


「庵くんはさ、明澄のこと好き? もちろん、女の子としてね」

「……」


 ストレートもストレート。

 澪璃はあだ名を使うのをやめて、真正面から笑みを浮かべて尋ねてきた。

 この手の質問は何度かされたことはあるけれど、その時はふざけていたり軽い雰囲気があった。


 でも今日の澪璃は、表情は兎も角、口調やその亜麻色の瞳はこちらを見定めるように光っている。


 澪璃を信用していない訳では無いが、明澄への好意を他人に明かすのは恥ずかしいものがある。

 答えるか答えまいか庵は悩んだ。


「はぁ……あいつには言うなよ?」

「分かってる。だから、この部屋にいるんだよ」

「それもそうだな」

「で、どうなの? 好き?」


 澪璃は明澄の親友であり、明澄と同様に澪璃とは二年近い付き合いだ。


 澪璃も答えないと許さない、とかそんな雰囲気ではないけれど、恋バナというには真剣すぎる気もする。

 相手が真剣なら、と庵はその気持ちを明かす決心をした。


「……好きだよ。俺は明澄に対して恋愛感情を持ってる。これでいいか?」

「うん。知ってた」

「分かってて聞いてるとは思ったけど、そんなに分かりやすいか?」

「んー、なんていうか、庵くんの明澄を見る目が優しいっていうかさ、明澄があんなに気を許すなんて今までなかったし。やっぱり雰囲気で分かるよ」


 庵が誤魔化すことなく素直に答えると、澪璃は小さく笑みを浮かべてから短く発する。直後には安心しきったような表情へ変化させていた。


 こうやって二人きりで聞かれた時点で、ある程度の確証はあったのだろうが、それにしても見透かされていたのはなんとも気恥ずかしい。


 澪璃曰く、君があんな話を明澄に話したのはそういうことでしょ? とも付け加えられる。


 それは逆説的に考えると、明澄も庵に家族とのことを打ち明けたたわけだから、明澄にも庵に対してそういった感情がある、と言われているような気もしたが、とりあえずはおいておく。

 その話はあとだ。


「ま、とりあえず安心した。これで、ようやくって感じがするし、心配事が一つ減って嬉しいよ」

「おまえ、本当に明澄の親友やってるんだな」

「まぁね。あの子が居なきゃ、わたしはここまでやってこれてないし。こんなに干渉するのもあれだけど、何せわたしには時間が無いからねぇ」


 澪璃の表情を見れば、彼女がどれだけ明澄のことを心配していたか一目で分かる。


 肩の荷が下りたとでも言わんばかりに、すっきりとしたその笑みには、澪璃ほど鋭くない庵でも色々な感情や思いがあったのだろうと想像出来た。


 だからこそ、最後に付け加えられた澪璃の意味深なセリフが気になる。


「なんだよ、匂わせるのやめろよ。心配になるだろ? 何かあるなら頼って欲しいんだけどな」

「…………君、よくたらしだって言われない?」

「明澄には何度か言われるけど……」

「うーん。自覚無しってところが、もうねやっぱりって感じ。そりゃあ、こうなるわけだねぇ」


 庵が心配すると、澪璃は驚いたような顔を一瞬だけ見せてから、ほんのり目元を緩ませてそう言ってきた。


 自分のどこがたらしなのかよく分からない。

 人にいい顔をするわけでもないし口も悪いし、思いやる言葉も気遣う行動も、当たり前だと思っているから不思議だ。


 彼女はそんな庵の様子を見て、一人勝手に納得してテーブルに肘をつき、両手で顔を支えるようにしてにまぁと笑っていた。


「よーし、夏の間! うん、夏が終わるまでかなぁ」

「何が?」

「わたしのことも君のことも、明澄のこともね。そこで一つ決着をつけよう」

「はっきり言ってくれないと分からないんだが?」

「簡単に言うとわたしがアシストしてあげるって話」

「アシスト?」

「そう。多分、いおりんがあの子に告白とかしてないのって、色々考えてるからだよね?」

「まぁ」

「だから、君があすみんへ告白できるように手伝ってあげる。そういう話だよ」


 澪璃にはなんだか、全部見透かされているような気分だった。


 彼女は明澄とは友人として数年の付き合いがあるし、明澄の事情も詳しく知っている。


 澪璃が庵と同じ立場なら、彼のように明澄の気持ちを確実に理解出来るまで待つ。だからこそ、庵のことは手に取るように分かるのだろう。


 それを抜きにしてもあまりにも鋭すぎるのも事実だ。

 一体何者なのか、と庵は聞きたくもなるけれど、アシストという言葉の方が大事というか、告白したいと思っている庵には魅力的で、そちらに集中することにした。


「いおりんはあの子の誕生日知ってる?」

「六月の十六日だと思ってるけど」

「やっぱりか……」


 庵は明澄の誕生日を知っていた――否、知っているつもりだった。

 明澄の配信者としての顔である、京氷菓の誕生日は庵が口にした日付だ。


 前に兄妹ボイスがどうのとのくだりの際、一ヶ月しか変わらないだろ? と庵が口にしたとき、明澄は肯定していたからてっきりそうだと思っていた。


「あの子、VTuberになった時は生まれ変わった、みたいなこと言わなかった?」

「あ……」

「だから、水瀬明澄と京氷菓の誕生日は違うんだよね。ま、身バレとか面倒くさいから、ずらすのは普通なんだけど」


 そこでようやく得心がいった。

 よくよく考えてみれば、澪璃の言う通りだろう。


 恐らく大半のVTuberは身バレ防止のために、自身の誕生日とは被らせないはずだ。

 加えて明澄には自分が嫌い、生まれ変わりたいなんて望みがあったのだから、氷菓と誕生日を同じにするわけがない。


 自分は明澄のことをまだ理解出来ていないんだな、と庵は実感した。


「なにも考えてなかった……」

「そんなものだよ。ま、それでね、この話をしたのはあすみんの本当の誕生日を祝ってあげて欲しいからなんだよ」

「なるほど……分かった。良ければ、明澄の誕生日がいつか教えて欲しい」

「前日だよ。氷菓の誕生日の前日。その日があすみんの誕生日」

「ありがとう。恩に着る」


 氷菓の誕生日の前日ということは、やはり彼女にとって誕生日とはそういう日なのだ。


 娘にそう思わせてしまった彼女の両親に腹が立つけれど、庵に出来ることは怒るよりも、祝ってあげることだろう。

 庵は怒りを抑えて切り替える。

 

「それで、誕生日の日にあすみんの気持ちを判断したらいいと思うよ。もしあすみんにその気があるなら、夏の間にでも告白したらいいんじゃない?」

「ああ。明澄の誕生日は必ず祝うよ。あいつにしてやれることの一つだと思うし」

「うん。そのあと、わたしに報告してくれたらいいから。その時に色々教えるよ。今はまだいおりんたちの負担にしたくないし」

「了解。その気持ちは尊重する。その話についてもこれ以上は何も聞かない」


 一人にしないと約束したからには、明澄の誕生日は一緒にいたいし、いてあげないとまた一人にしてしまう。


 澪璃にも何かあるようで、そのことも友人として気になるけれど、今は明澄の問題からだ。

 まずは手助けをしてくれた澪璃に庵は感謝だけに留めた。


「約束ね」


 と言った澪璃は小指を出したりはしなかったけれど、さっきよりもさらに肩の荷が下りたようで、満面の笑みを浮かべていた。


 これだけしてくれたのだから、庵も覚悟を決めなければいけないだろう。

 庵は澪璃への感謝と共に明澄への気持ちも固める。


 そして澪璃と約束した後は、明澄について聞きたかったことを尋ねたりして、二人だけの話は終わりを迎えた。


 庵と澪璃が会議室に戻ってくると、間を置かず明澄も彼女と二人きりになって、なにやら話していたようだが、当然その話は庵が知ることはない。今はまだ。


 澪璃との別れ際、彼女から「頑張れ、男の子」と背中をぽんと叩かれる。

 その時、少しだけ寂しそうにしていた澪璃の表情を庵は心の奥底にしまった。




 そうして、澪璃とのオフ会? も終わりを迎えると、澪璃とは別れて、明澄と一緒に自宅への帰路に就く。


「随分、長いことお話をされていましたね?」


 ビルを出て少ししてから隣を歩く明澄は、覗き込むように首を傾げてそう尋ねてくる。


「あいつの話が面白くてさ。明澄の方こそ、長かったよな?」

「気になります?」

「そりゃあな。けど、二人きりで話してたことなんだから、聞かないよ」


 庵と澪璃の話が気になる様子の明澄は、聞き出そうとしているわけじゃないだろうが、まだ言えない。


 明澄の誕生日やその気持ち、告白のこと。

 全部、もう少しだけかかりそうだ。


 でも、横を歩く彼女が愛おしいからこそ、少しでも庵から歩み寄ったり、それなりに積極的にいかないとなぁとも考えて、


「庵くん?」


 何も言わずに庵は明澄の手を取る。

 すると、明澄は不思議そうな顔をして、また小首を傾げた。


 触る、触れるということは何かあったという意味に捉えたのだろう。

 明澄は心配しているような素振りをしたけれど、


「たまにはな」

「なるほど……」


 庵がそう言うと明澄はその手を静かに握り返してくれた。

 横に目をやれば明澄はふにゃっと表情をほころばせているのが見える。


(今はこんくらいだけどな。いつかは必ず)


 思わずくすぐったくなるような可愛らしさに心拍数が上がっていき、その少し煩い鼓動と共に庵は明澄に対する覚悟と決意を胸に抱いた。


「庵くん」

「なに?」

「二年生が楽しみですね」

「ああ」


 ふと、明澄が庵に視線を合わせて、そう言いながら淡く微笑みかけてくる。

 庵は短く答えつつ、繋ぐ手をもう少しだけ強く握って、明澄に歩幅を合わせ、その隣を歩くのだった。

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