第61話 アポイントメント
「でね。いま、田舎に帰ってきてるんだけど、配信中だって言ってるのに、おばあちゃんが焼き芋持ってくるの。しかもそのまま、部屋でお茶を飲み始めるし」
「零七、お前まじで身バレとかすんなよ?」
「親フラならぬ、おばフラですか……危ないですね」
《草》《身バレはこわい》《おばぁちゃんww》《草》《草》《配信中の危険人物じゃんw》《おばフラは草》《www》《でた、ぜろさまのばぁちゃんw》《マイペースばあちゃんw》《おばぁちゃんのデビューまだ?》
四月に入ってすぐの配信は澪璃(零七)とのコラボ配信だった。
三人はゲーム配信をしていたが、放送も終わりが近づいてきて今は軽い雑談に切り替わっていた。
面白エピソードを多く持っている澪璃が、コメント欄の爆笑を誘っている最中だった。
「今も隣の部屋に居るからさ、いつ襲撃あるかわかんないしねぇ。いっそ年金系VTuberとしてデビューさせよっかな」
「ネットリテラシーない人にやらせちゃ駄目だろ」
「ウチはライバーの募集まだやってますけどね」
「お前も勧めるな。あと、ぷろぐれすなら受かりそうなのが怖ぇ」
「さてと、冗談は程々にそろそろ終わろっかぁ。おばぁちゃん、本当に来そうだし」
「それは困りますね。では、終わらせましょうか。せーの!」
「「「おつK!」」」
「おつかれちゃん」
「お疲れ様です」
「おつかれ」
「お芋さんかみかんはいるかい?」
「あ、おばぁちゃん、だから入ってきちゃダメだって……!」
明澄の号令によって庵たちのコラボ名である『K3』由来の挨拶で締めると、いつものように三人は裏で労い合う。
何かもう一人いるっぽいが、恐らく三人だけのはずだ。
その後、澪璃がごそごそしとしたら、またいつも通りに戻った。
「今日さ、見たい配信あるから、このまま抜けちゃっていい?」
「あ、待ってくれ……少しだけいいだろうか?」
「どしたの? なんかあった?」
配信後はよく打ち合わせなどをするのだが、今日は澪璃の都合で流れそうになる。
だから、庵は例の話をするために彼女を引き止めた。
こういう時は面倒くさそうな口調になったりする彼女だが、庵の声音から何かを感じ取ったのだろう。
見たい配信があるだろうに、今日は優しい口振りでそう聞いてくれた。
「あのさ、オフコラがどうとかの話があったろ?」
「あーあったね」
「それも含めてだけどな、俺と氷菓の今後の配信の方向性とか話し合いたくてな。色々と面倒くさい話になると思うから、一度リアルで会わないか?」
人と会うことを避ける庵にとって、アポイントメントを取る話を伝えるだけでも緊張する。
彼が意を決して伝えると「そっか。うん、いいよ。じゃ、いつにする?」と言って、澪璃は特に深く意図を尋ねることはなかった。
澪璃にとって氷菓――明澄がリアルで絡むこととなると、聞きたいことは山ほどあるだろう。
なにせ、色々と問題を抱える彼女の事情を知っている数少ない友人である。心配はするはずだ。
けれどもそれをたった二、三言で了承するのは、二人に対する信頼があり、ある程度察しているからでもあった。
それは庵にとって、とてもありがたい。オフで会うためにアポイントメントを取るだけでも、微妙に緊張するくらいなのだ。
理由や事情を深く尋ねられないのは気分的に楽だった。
「とりあえず、私たちは春休みどこでも大丈夫です」
「んー、じゃあ、おばぁちゃんちから、そっちに戻ってくる六日くらいでいい?」
「分かった。それで調整しよう」
「それでは詳細は追って連絡しますので」
「ほいほい。んじゃーねー! 六日、うかんきつの結婚報告待ってるよー」
「おい」
「何を勝手に……」
三人が会う日の予定を決めると、澪璃はいつものふざけた調子に戻って、通話をぶち切りにして逃げた。
ただ、これは彼女なりの気遣いなのだろう。
庵の口調の変化に加え、明澄まで関係する事情だ。
勘の鋭い澪璃は、以前に配信を切り忘れた事件や、先日の明澄とのやり取りによって気付いていることがいくつかあった。
そんな彼女に結婚報告がどうのと言われて、明澄が好きだと自覚する庵は不意にどきっとさせられ、また壁一枚向こうにいる明澄は呆れつつもほんのり気まずげにしているのだが、お互いにそれを知ることはない。
もちろん、勘のいい澪璃でさえも。
「あいつ、楽しんでやがるな」
「全く、もう……あの子は」
「ま、あいつは置いておくとして、こっちへ来るか? 紅茶、飲むだろ?」
「もちろんです。では、またあとで」
一言、二言交わした庵と明澄は、もう何度目か分からない、配信後の「また、あとで」を今日も繰り返して、合流することにする。
ただ澪璃のせいで、明澄が庵の部屋を訪れるのには、いつもより少しだけ時間が掛かるのだった。
因みに遅れたのは、彼女にいらないことを言うな、と明澄が抗議文を送っていたからである。
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