第55話 寝室での一幕

「ね、あすみん。今日は一緒に寝ていい?」

「いいですけど。うるさくしたら放り出しますからね」


 庵との通話をした後の夜。

 二日連続でのオフコラボを行って、そろそろ寝ようかというタイミングになると、明澄の寝室に澪璃が枕を持ってやってくる。


 特に断る理由もないし、ベッドも二人なら余裕を持って寝られるから特に振り向きもせず、横になりながら明澄は彼女の侵入をゆるした。


 因みに明澄はもうあの着ぐるみのパジャマを脱いでいる。


「明日だけど、帰るまで時間あるし午前中はどっかいく?」

「すみません、明日は父と母が訪ねてくるらしいので。来られるのは夕方になるとは思いますけどね」

「そっかぁ。じゃあ無理だねぇ」


 ベッドの中に入ってきた澪璃はやや眠たげな口調で、明澄と背中を向けあって言葉を交わす。

 ただ、明澄の口から父と母という単語が出てくると、少しだけトーンが上がっていた。


「あの人たちとは相変わらず?」

「ええ。お互い不干渉みたいなものですから。今回は何を思われていらっしゃるのか分かりませんけど」

「ふーん、話は変わるけどさ。こうして一緒に寝るのも懐かしいよね」

「かもしれませんね。最後はいつでしたっけ?」

「ぷろぐれすに入る前じゃない?」

「そうでしたね」


 家族に関する話題になると、明澄は分かりやすく動揺したり反応が表情に現れるから、庵はあまり触れられなかった。


 けれど澪璃はある程度事情を知っているのか、付き合いの長い友人として距離感を掴んでいるようで、臆することなく話題に出す。


 明澄が心の底から気を許してくれていると知っている証拠だろう。

 二人は中学以前からの知り合いであり、共に配信者として個人の時から駆け抜けてきた盟友と言っても過言ではない。


 けれど、澪璃も一言だけ尋ねてからは余計には踏み込まずにいるところを見るに、それなりには遠慮しているようではあった。


「こうして無事人気も出たけど色々あったよね。初めは全部自分たちだけだったし。あすみんがイラストを描いて、私がモデリングして」

「懐かしいですね。今思うと酷いものでしたけど」

「ね。今じゃ、神絵師にキャラデザしてもらってプロのモデラーさんに動かしてもらってさ。わたしたちも出世したねぇ」

「ええ。本当に奇跡のようなものですよね」


 静かな寝室で二人はぽつぽつと話しながら思い出を語り合う。


 誰でも配信者になれるわけではあるが、明澄や澪璃のようにトップまで駆け上がって行くとなれば、ほんのひと握りだ。


 中学生のころから苦労してここまでやってきた二人の言葉尻には重みと、噛み締めるというか、懐かしむような雰囲気があった。


「でもあの時、あすみんが協力してくれなかったらこうはなってなかったかな」

「いいえ。あなたなら私が居なくてもきっと何とかしていますよ。私の方こそ澪璃さんが声を掛けてくれなかったらずっと一人でした」

「……この話はやめよ。はずかしくなってきた。ね、もう一回恋バナしよ」

「あなたにしては珍しく固執しますね」


 刻々と時計の針がリズムを刻む音だけがする中、二人は滔々と語る。

 お互いに尊敬し合うも、感謝の言葉は直接口にはしない。


 それでも通じ合う何かが二人にはある。

 そして先に恥ずかしくなった澪璃がまた話題を振り直した。


 澪璃は適当というかさっぱりしていて、あまり固執や執着をしない。

 だから明澄は少し驚くようにしていた。


「ね、あすみんは本当に好きな人とか居ないの?」

「……いません」

「ほんと? 最近のあすみん、めちゃくちゃ変わったもん」

「そうですか?」

「明るくなったよ。毎日が楽しそうだし」

「そうですか……」

「ね、どうなの? 気になる人とかいない?」

「はぁ……仕方ないですね」


 昨日に引き続いて澪璃による恋バナと称された質問は鋭くて、遂に明澄を折れさせる。

 ため息を付いた彼女は「秘密ですよ?」と前置きをして、澪璃の質問に答えることにした。


「分かってる。だから教えてほしいな」

「そうですね、気になる人というのは正しいのかもしれません」

「何か確かめてる感じ?」

「まあ、そうです。色々と確かめている途中です」


 答えるとは言いつつも明澄の回答ははっきりしなかった。

 質問する側の澪璃に助け舟を出されるような形で、そう小さく小さく呟くようにして彼女は紡ぐ。


 それこそ、噛み締めるような口ぶりだった。

 そして、明澄の答えのその相手がかんきつ――庵だなんて澪璃は知りはしないだろう。

 まぁ、薄々気付いている素振りはあるけれど。


「そっかぁ。そっか、そっかー」

「なんです? そんなに嬉しそうにして」

「ううん。も前に進んでるんだと思って」

「あなたも何かありましたか?」

「あったよ。でも、それはまたの機会にね」

「私は話したのですけど?」

「ごめん、ごめん。また今度ね。ちゃんと決着が着いたら言うから」

「分かりました、楽しみにしていますよ」


 澪璃はくるりと振り返り明澄に抱きつく。

 彼女の呼び方があだ名ではなくなっているところを見るに、大事な話ということがひしひしと感じられる。


 口調はとても明るく、ぎゅっと彼女を抱きしめる。そして、明澄には見えないけれど寂しそうな表情で。


「そうだ。今年はその人と明澄のを一緒に祝えるといいね。あ、わたしも呼んでね」

「ええ、その時が来ればですけど」


 思い出したかのように、澪璃がそんなことを口にすれば、明澄もこくりと頷く。


「そうだね。おやすみ、あすみん」

「はい。おやすみなさい」


 澪璃が明澄から離れてまた背を向けると、また元の「あすみん」呼びに戻る。


 そうして、二人は短く言い合ってから眠りにつくのだった。

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