第56話 遭遇
ふと目が覚めて体を起こした庵が、スマホで時間を確認すると朝の五時半だった。
今日は春休み五日目。明澄とようやくまたいつもの日に戻る予定の日でもある。
ここ三日間はお互いの時間を気にしなくてもいいこともあって、そこそこ生活リズムが狂っていた。いつもはもう少し寝ているはずだが、無駄に早起きをしてしまったのはそのせいかもしれない。
起きてしまったのは仕方ないので、彼はしばらくやることを探す。
そういえば、と思い出した彼はだるそうにリビングへ向かうとゴミ出しの紙を眺めた。
「やっぱり、ビンとカンの日か……」
寝ぼけ眼の庵はまだ覚醒しきっていない重い体を引きずるようにして、ゴミをまとめていく。
外に出るために上着を探すのだが、季節の変わり目だからとクリーニングに出したり、洗濯していたことを思い出す。
なので庵は仕方なく、学校のブレザーを羽織って外に出た。
「さむ……」
部屋の外、その廊下は吹き晒されている訳ではなく、マンションの中なのでまだマシだが、やはり少し肌寒かった。
その寒さに段々と眠気が覚まされていき、視界もどんどん広くなってくる。
そうすれば、廊下の突き当たりに人がいるのが分かった。
銀髪、いや白髪だろうか。
背丈は庵よりも高く、細身の男性だった。
庵が住むマンションは階層ごとにゴミを捨てる場所が設置されている。
ゴミ捨て場は廊下の突き当たりにあるので、恐らくゴミを捨てている最中なのだろう。
けれど、少し様子がおかしいように庵は感じた。
この当たりで見掛けたことがない人物だったこともあって、庵は警戒する。
男性は庵に気付いたようで振り返ると、そう問い掛けてきた。
「すみません。これ、どうやって開けたら良いんでしょうか? 暗証番号は入力したのですが……」
彼はかなり若く見えた。二十代後半から三十代半ばくらいだろうか。
カジュアルながらもどことなく正装にも見える衣服を纏っており、優しげな表情に妙に落ち着いた声音をしている。
ゴミ捨て場の扉にはマンションの住民しか知らない暗証番号が入力されているし、不審者では無いのだろう。
庵は警戒を解くわけではなかったが、男性と入れ替わってその扉を開くことにした。
「あー、それ最近、立て付けが悪いんですよ。こうやって強く引っ張ると開きますよ」
「なるほど、ありがとうございます」
「いえ」
春休みだし知らない人も増える時期だ。
恐らくはこのマンションの住人の知り合いか家族なのだろう、と思いつつ彼はゴミを捨てるのだが、その時ようやく庵は気付いた。
もしかしたら、この人は明澄の家族なのでは? と。
髪の色は似ているし顔つきもどことなく明澄の面影がある。また口調もかなり似ていた。
眠たくて頭が回らなかったが、よくよく考えてみればそうとしか思えない。
今日は明澄と別行動をしてから四日目。
つまり、昨日は両親が訪ねて来ると明澄が言っていた日である。
明澄の両親が彼女の自宅に泊まったのであれば、今ここにいてもおかしくはない。
もしこの男性が明澄の家族だとするのなら、あまり接触もするのはとも思うが、そもそも明澄の両親が庵と出会ったところでだ。
向こうからすればただのご近所さんだから、身バレに繋がるであろうかんきつの詳しい情報を知っている澪璃とは訳が違う。
庵と明澄が警戒するのは身バレだけ。
流石に明澄が庵の部屋に来ている事を知られるのはまずいが、遭遇した所でそれを話さなければいいだけのことではある。
それは明澄との共通認識で、もし遭遇してもやり過ごすか単純にお隣さんとして挨拶をする、とそう決めていた。
だから、庵はそりゃ出会うこともあるよな、とだけ密かに思いつつやり過ごすことにして、男性の後ろに付いて自宅へと歩き出す。
ただ、こういう時に限って問題が起きるのだ。
庵がゴミ捨て場から自宅近くに戻ってくると、明澄が住んでいる部屋の前には、銀髪の少女が立っているのが見えた。
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