第52話 春休みと小さなお疲れ様会
「お前とは短い間だったが楽しかったよ」
「何が!? オレ、卒業も留年もしないけど!?」
「いや、同じクラスなのも今年限りかもしれんと思ってな」
「そこは来年も一緒がいいな、じゃないのか」
三月下旬、修了式を終えた庵と奏太は軽口を叩きながらも、どこか寂寥感のある放課後を惜しんでいた。
特に何かあるわけでもない式典をだるいだるいとは言いつつも、一年間の締めくくりだ。
あと二年あるとはいえ、教室からはなんだか妙に寂しさのようなものが感じられる。
ただ、長期休暇の始まりとあって浮き足立つクラスメイトもちらほらと見かけられた。
「確かに男の友達なんてお前しかいないしな。でも、まずそっちは朝霧と一緒になれることを祈らないとだろ?」
「そうなんだよね。二年生は胡桃も水瀬さんも含めて四人一緒だといいね」
「俺の交友関係的にもな」
「君はもうちょっと他人と関わろうよ。水瀬さんみたいにとは言わないけど」
「あいつは群がられてるって感じだけどな」
明澄の方に視線をやれば、わいのわいのとクラスメイトたちだけでなく、別のクラスの生徒たちも彼女の周りに集まっていた。
夏休み前、冬休み前にも見た光景だが、休暇期間に明澄と遊びたいという思いや、別クラスになる前に一声掛けておこうと言った感じか。
特に目立つのは男子からの誘いだろう。
春休みに聖女様と、というのは誰しももつ願いというか憧れらしい。
ただ明澄はしきりに春休みは用事があるので、と断っていて苦労している様子が見えた。
助けてやりたいところだが、変に間に入ってもお前は誰だ? と思われるだけなので見守るくらいにしておく。
そのうち胡桃がやってきたら間に入って明澄を連れていくだろう。
それまで庵は奏太と談笑していた。
「庵くん。一年間お疲れ様でした」
「もう一年か、早いな。ま、そっちもお疲れさん」
放課後、帰宅してから昼食までの時間、春休みの打ち合わせなどをしようと庵と明澄はダイニングテーブルで向き合っていた。
席に着くなり、明澄がぺこりと頭を垂れてきたので、庵も同じように返す。
明澄とは三学期からの三ヶ月ほどの付き合いだが、イラストレーターとVTuberとしての関係はすでに二年になる。
そういう意味もあって二人はこの三ヶ月を含む一年間を労っていた。
「それにしても学校のあれ、明澄は休暇前に大変だな」
「いつものことですから。でも予定があると言えばあっさりと引き下がってくださる方が多いのでまだマシですよ」
放課後、明澄の元から人が去っていくのにおよそ数十分ほどかかっていた。
奏太も胡桃と付き合うまでは明澄と同じようにかなり群がられていたので、モテるやつらは大変だなぁ、と他人事のように庵は思う。
休み前に駆け込むように誘うくらいなら、前もって関係を築くべきだろうと思うから、ああいった手合いとは感覚が合わない。
庵からすれば『俺が世間一般からズレてんのか?』とまで考えるレベルだった。
「まぁその予定も配信だとは誰も思わんだろうな」
「ですね。けど今年はそれだけじゃないので」
「何かあるのか?」
「実は明後日から三日間ほどうちに来客の予定がありまして」
「へぇ。珍しいな」
「零七が引越しでしばらく住むところが無いらしくて、それでうちに二日ほど」
明澄の家に誰かが来ることはほとんどない。
オフコラボなどは基本的に明澄が出向くことが多く、明澄の家で行われたのは庵が知るだけでも一回あったかどうか。
そんな明澄が自宅に招くということは、それだけ零七が困っているということだろう。
「そーいや、なんかそれらしきことを呟いてたなアイツ。なら鉢合わせないように、しばらくは外に出ない方がいいか」
「かもしれませんね。かんきつ先生の正体を知らないとはいえ、あの子は鋭いので」
「ああ、アイツは危ないな。って、そうだ。三日間の来客って言ってたけど、残り一日は誰が来るんだ?」
「あ、それはですね……なんの風の吹き回しか知りませんけど、両親が様子を見に来るみたいです」
明澄は三日間ほど来客が来ると言ったが、零七が二日間となればあと一日は誰なのか気になる。
庵が尋ねてみると彼女は少し言いにくそうというか、どこか嬉しそうにも悲しそうにもしながら答えていた。
「零七に加えて親御さんも来るのか。三日間は配信もメシもナシだな」
「はい。チャンネルのことなどでお忙しいとは思いますけど、三日間は各自ということで」
「了解。俺もその間は仕事で籠ることにするわ」
零七にお隣さんであることを知られるのは避けたいし、色々ありそうとはいえ両親との時間も大切だろう。
久しぶりに庵と明澄は別行動をとることになった。
「さて、ここから本題というかメインのお話に移りましょうか」
「まだ何かあるのか?」
「はい。えっと、これを買ってきたのですけど」
「それ、ゼリーか?」
「ええ。ケーキとゼリーをふたつずつ」
「おー美味そう」
明澄は足元に置いていたバッグ、恐らく保冷用と思われるものからゼリーとケーキの箱を取り出した。
いつ買ってきたのかと気になるので聞いてみると、本年度もお疲れ様です、ということでお取り寄せをしたとのこと。
庵も律儀な性格をしているが、こういった細やかな律儀さはとても明澄らしかった。
「お昼前ですしゼリーにしておきましょうか」
「ケーキ食いてぇ」
「子供じゃないんですから。お昼が食べられなくなりますよ」
「明澄のご飯ならいくらでもイける」
お腹が減っているということもあって、庵はケーキを所望する。
けれど明澄には子供に間食を注意する母親のように止められてしまった。
「最近、庵くんてば私を褒めたらいけるとか思ってませんか」
「思ってる、いてっ」
加えて彼女にはじとーっと見られてそう言われるのだが、庵がぺろりと舌を出して告げると、テーブルの下で脛を足でつつかれた。
明澄が手を出すのは珍しい。この場合は足だが。
それほど不満だったのだろう。
これ以上、怒らせてもと庵は大人しくゼリーをいただくことにする。
「庵くんは私みたいに気難しい人を扱うのが上手なのに、なんで浮いた話のひとつもないんでしょうね。不思議です」
「え、お前が気難しい? 嘘だろ?」
明澄の口ぶりに庵はきょとんとする。
まさか彼女は自分のことをそんな風に評価していたとは驚きだった。
なぜなら庵からすれば、
「こんなに優しくて、俺みたいな偏屈な人間にでも分け隔てなく接してくれるのに、どこが気難しいんだよ」
と思っていたからだ。
明澄は気難しいというより他人と距離をとるタイプで、どちらかといえば気を許したら庵でも友達になってくれるいい人だろう。
「いやいや。庵くんが偏屈なわけないでしょう」
そして、今度は明澄が真顔でそんな反応をした。
何を言ってるんだ? といった感じだろうか。
どうやら、庵と明澄の間には相互の印象において齟齬があるらしい。
二人はぱちぱちと瞬きしながらしばらく目を合わせ、耐えきれなくなって吹き出した。
「まあ、いいや。食べよう」
「そうですね。埒があきませんし」
話は平行線を辿りそうだし、言い合っても仕方ない。
庵と明澄は軽くだけ苦笑を浮かべた。
そうやって二人は春休みが始まる前日、小さなお疲れ様会を楽しむことにする。
それが波乱の春休みの始まりだと知るのは、もう少しだけ先になるのだった。
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