第43話 三月の悩める男子
三月のイベントと言えば、ひな祭り、卒業式、テストだとか沢山思い当たるものがある。
そしてそれらのイベントと並び立つものと言えばやはりホワイトデーだろう。
二月にチョコを貰ったことが前提の行事だが、多くの男子を悩ませるイベントに違いない。
朱鷺坂庵もまた悩める男子のうちの一人だった。
「なぁ、話がある」
「どうしたの?」
「ホワイトデーと言えば分かるか?」
「あー君も貰ったんだね」
期末テストが終了し、穏やかな日常に戻りつつあるとある放課後。
明澄が先に帰ったことを確認した庵は、奏太に頼み事をしていた。
ホワイトデーのお返しの事だ。
バレンタインに明澄からチョコを貰ったので、それのお返しを考えていたが、何を贈っていいのか分からず彼は彼女持ちの奏太を頼った。
ホワイトデー、と短く庵が口に出せば彼は間を置くことも無く察してにこやかに笑っていた。
「そういうこった。彼女持ちのリア充だろ? 色々聞いても良いか?」
「友達の頼みとあればもちろん力を貸すよ」
「さんきゅーな。今度、昼メシを奢るわ」
「良いの?」
「ああ。それと女子の意見も聞きたいしお前の彼女も呼んでくれ。二人まとめて奢るから」
庵は奏太に胡桃の呼び出しまで頼み込む。
普段はこの二人が揃うとイチャつかれるので、避ける傾向にあるが今日だけは別だ。
明澄は恐らくどんなモノを貰っても喜んでくれるというか、文句は絶対に言わないだろうしそもそも期待すらしていないかもしれない。
それでも誠意というものは見せるべきだし、どうせならちゃんと喜ばれるモノを贈りたかった。
だからこういったことに慣れているであろう、奏太と胡桃に頼ることにしていた。
「結構、切実そうだね」
「悲しいことに、今まで女子から直接チョコを貰ったことなんてないからな」
「直接?」
「いやこっちの話だ。兎に角、頼む」
「了解。任せて」
庵はあまり積極的に友人を作ったりグループの和にも入らずに過ごしてきたから、チョコを貰ったことがない。
仕事をした会社を通じてファンから送られることはあっても、直接女子から渡されることがなくてお返しなんて全く縁がなかった。
だから切実な問題だし、それを理解した奏太は二つ返事で庵の頼み事を引き受けてくれた。
「さて、あんたにいくつか質問するわ。誰に貰ったの?」
「水瀬」
「ま、そうよね。で、本命そう? それとも義理かしら?」
「義理だ。市販って言ってたし」
「そう。いいわ、全力で協力してあげる」
「お願いします」
庵は奏太に頼んだ後、胡桃を加えて教室からショッピングモールへとやって来ていた。
そして、贈り物選びをはじめる際、胡桃から質問をされる。
明澄から貰ったものは義理とはっきり庵は答えた。
バレンタインに渡されたチョコはどこからどう見ても義理だろう。
明澄とは距離を縮めたとは思うが、流石にあの時彼女が自分に恋愛感情を抱いているようには思えなかった。
「明澄の好みは分かる?」
「なんだろうな」
「情けないわね。そういうのは何となくリサーチしておくものよ」
「ははは。これが初めてチョコを貰ったやつの現実だ」
「はぁ……言ってて悲しくならない?」
「ほんと情けないと思う。だからお前たちを頼ってるんだ」
明澄の好みは? と言われて庵はすぐに答えられなかった。
リアルで二ヶ月半、ネットだとおよそ二年付き合ってきたというのに、思い浮かぶものが少ない。
流石にイラストレーターかんきつと自分で言うのは恥ずかしいし、そもそもそれは自分で解決できる。
あと、思い浮かぶものと言えば自分の手料理を美味しいと言ってくれるが、それも自身でどうにか出来るし、胡桃たちに明澄との関係を明かすことにもなるから出来ない。
しばらく考え込むこと十分弱。
庵はあることを思い出した。
「あ! アクセサリーだ。イヤリングとかブレスレットとか好きって言ってたな」
「ちゃんとあるじゃない」
「へぇ、彼女はアクセサリーが好きなのか。意外だなぁ」
そうアクセサリーだ。
明澄はオシャレさんだった、と庵は思い出す。
ピアスを開けたいと言っていたし、そういったオシャレが好きだとも言っていた。
ようやく道が開けた気がした。
「よし、じゃあアクセサリー以外でいこうかしら」
「は? なんで?」
けれど彼女にあっけなく、ようやく見つけた開けた道を閉ざされてしまった。
意味がわからず庵は、胡桃が言い終えた刹那にそう返していた。
「誕生日の方が大事だし、アクセはその時に贈ってあげなさい。同じような贈り物をしても印象が薄くなるわ」
「確かに」
胡桃の言い分はそれなりに納得出来た。
明澄と庵はネットでの活動もあってお互いの誕生日を知っているし、今年は直接誕生日を祝い合うことになるはずだ。
律儀な明澄なら庵の誕生日をスルーするとは思えない。
以前まではイラストレーターと配信者という関係だったが、今では仲のいいお隣さんだ。
庵も放ったらかしにするというのは考えられなかった。
「それにその頃には仲ももう少し進展してるでしょ? その時にとっておきを贈ってあげなさいな」
「なんで進む前提なんだよ」
「進ませたくないの?」
「わからん。でもそこはもう少し自分で考えて何とかする」
庵は明澄に好意を持っている。
それは事実だ。でも恋愛なんてしたことがないから、恋なのかそうでないのかなんて分からなかった。
明澄とは特殊な関係であるということもあって少し複雑だ。
彼女にも自分に好意がありそうなのも分かるけれど、それだって恋だと言い切るにはあまりにも経験不足すぎた。
また明澄は身バレが怖いからと人と距離を置いていたが、家族に対して何か思っていそうだったりと、人間関係に問題があるとは薄々感じている。
だから、彼女の行動や言葉にどんな想いが込められているのか、何を感じての庵との生活なのか、もう少し明澄を深く知る必要がある。
自分の感情もそうだが、明澄の気持ちや事情を理解しないまま、彼女との関係をどうこうするなんて有り得なかった。
「ま、そう言うのなら干渉しないわ。さて続けるわよ。ちゃんと手伝うから良いモノを贈ってあげましょう」
「ああ。よろしく」
庵は明澄との関係は気持ちや環境をちゃんと整えたら自分で何とかするつもりだ。
それが恋にしろそうでなくてもである。
そのことを伝えれば胡桃もそれ以上は何も言わなかった。
そうしてアクセサリー以外で明澄に贈り物をすることに決めて、三人はもう少しショッピングモールを彷徨うことにする。
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