第42話 聖女様に妹?
「えー大切なお知らせがあります」
明澄とのいつもの夕食の時間、庵は畏まってそう切り出した。
「なんです?」
「実はあなたに妹が出来るかもしれません」
「は……?」
箸を置いた明澄はすっとこちらを怪訝そうに見つめる。
そして、庵が告げると彼女は二度ほど瞬きして、さらに訝しげに目を細めた。
いきなりこんなことを言われてもピンと来るわけが無い。
実の親ならともかく、同級生の男子から言われたら不審になるというものだろう。
「まぁ早い話、新しいVのキャラデザの話が来たんだよ」
「なるほど。確かにそれは『妹』ですね」
庵が具体的に説明すると明澄はすぐに事情を理解する。
VTuberの世界ではキャラデザを担当したイラストレーターが親と言われ、その担当のVが娘、息子と言われる。
担当したVが二人いる際は先に誕生していた方が兄、姉、後から誕生した方を弟、妹と呼ぶ文化がある。
つまり、庵に新しいVのキャラデザの話が来たと言うことは、明澄に妹が出来るというわけだった。
「というか、その話はしても大丈夫なんですか?」
「ああ。お前と同じぷろぐれすのライバーだし、あと千本木さんからも許可を取ってる」
「新人さんがまた誕生するんですね」
「まだ依頼が来るかもって段階だからな。どうなるかわからんけど、もしそうなったらかんきつ家配信するか」
「面白そうですね。零七なんかは家族が五人くらいいますけど、かなり賑やかですもんね」
「あーあそこは大所帯だよな。ぱんまる先生ビッグマムって呼ばれるからなぁ」
VTuberは親子配信というものがあり、また○○家コラボなどと銘打って配信をしていることがある。
もしもう一人増えたらいずれ三人で配信することもあるだろう。
「それにしても妹ですか……」
「明澄はひとりっ子だよな?」
「はい。庵くんもですか?」
「おう。だからちょっと兄妹に憧れあるんだよなぁ」
「分かります。私は家でずっと一人だったので兄妹って良いなぁって思ってました」
明澄が羨ましそうにそう呟くと、バーチャル世界の妹の話から、今度は現実での兄妹の話題になる。
二人はひとりっ子ということもあって、兄妹に憧れがあった。
特に明澄のそれは寂しさからくる憧れのようだった。
「明澄は兄、姉、弟、妹どれ派?」
「姉ですかね。庵くんは?」
「俺も姉だな」
「まぁ、庵くんて弟っぽさありますしね。年上の兄妹がいたら解釈が一致します」
明澄、庵共に姉派だった。
すると、彼女は庵に対してそんな表現していた。
「どこが? 俺なんてどこからどう見ても兄っぽいだろ?」
「え? 熱が出ても絵を描いたり、散らかしたりする人のどこが兄なんですか?」
「うぐっ」
子供っぽさ、幼さが庵にはあると明澄は言っているわけだが、彼からすると不服らしい。
自信満々に兄っぽいと言い張るも、明澄に指摘されると言葉に詰まっていた。
「私の事、お姉ちゃんって呼んでもいいんですよ?」
「誰が言うか。お前も俺の事、お兄ちゃんって呼んでもいいんだが?」
互いに譲らずといった感じか。
明澄が首を傾げにこりしてと言えば、庵もまた同じように言葉を返した。
「私の方が早く誕生日が来ますけどね」
「誤差だろ。一ヶ月しか変わら無いじゃないか」
「でも早い遅いははっきりしてるじゃないですか。さ、どうぞ?」
「くそ……明澄お姉ちゃん……」
「……!? こ、これは……!」
結局、庵は明澄に言い負かされると、渋々と口にすることになる。
そして庵が苦々しく呟けば、明澄は何やら衝撃を受けたようで、胸元を抑えていた。
今にも血でも吐きそうな勢いで、何かに目覚めていそうだった。
「そんなに良いか?」
「とりあえず、庵くんはいずれ弟シチュエーションのボイスを出すべきです」
「そんなにかよ。別にお姉ちゃんって言っただけじゃねぇか」
「庵くんは分かっていませんね。仕方ありません。私が分からせて差し上げましょう」
「そんなに甘くねぇよ」
明澄の反応は庵にとって過剰に見えたらしく、疑うような目を向けるが、彼女はボイスを出すべきとまで言い出す。
それに庵は姉が欲しかったとは言うものの、明澄に対してお姉ちゃんと呼んでもピンとは来なかった。
だから余計に怪しんだ。何がそんなに良いのかと。
ともすれば明澄は悟ったように目を閉じて、庵にそう突きつけ、
「庵お兄ちゃん……お兄ちゃんは妹欲しくないの?」
「っ!?」
流石は大人気VTuberをやっている明澄といったところだろう。
口調、声音を幼くして、目線まで上目遣いで短く告げる。
まさか、お兄ちゃん呼びでダメージを受けるなんて思っていなかった庵だが、速攻で突き刺さっていた。
彼もまた同じように胸元を抑えることになった。
「どうですか、庵お兄ちゃん?」
「くそ。分からされちまったぞ……」
「ふふふ、これ良いでしょう? あ、もし、私に妹が出来たら呼んでもらえますね。ママ、妹の件よろしくお願いしますね?」
「断ってやる。絶対に断ってやる」
そんな庵の姿を確認した明澄はニヤつきながら悪い笑みを浮かべてまたお兄ちゃんと呼べば、彼は完全に敗北を認める。
続け様に明澄は妹の件を思い出して庵を煽った。
すると庵は羨ましくて大人気なく妹なんて作ってやるかとぶつぶつと言っていた。
「それにしても、恥ずかしくなってきましたね」
「今更かよ、お姉ちゃん」
「あ、それ、やめましょう! 恥ずかし過ぎますっ」
「お互いにキラーを手に入れたな。これが、相互確証破壊か……」
少しの間が空くと、明澄は赤らんだ表情でその視線を下げる。
確かに、とても軽々しく口にするのは危険だ。
ひとりっ子の二人にはあまりにもとてつもない兵器といえる。
互いに、お兄ちゃん、お姉ちゃん呼びの攻撃性を確認した、二人は、それらを封印することになるのだった。
その後、庵、明澄共に兄妹のシチュエーションボイスを出すのだが、二人のプレイリストにそれらがちゃっかり並ぶのはまだ先の話。
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