第41話 聖女様の配信講座

「いいですか、権利関係には特に気をつけてください」


 庵がチャンネルを始動させることになり、そのノウハウを明澄に教えて貰うことになった。


 明澄を含め他人の配信にお邪魔することは何度もあったので、ある程度は理解しているが改めて彼女に教えを乞うていた。


「ゲームとBGM関係は危なそうだな」

「はい。また音楽に関してはやらかすとJA〇〇AC等、ゲームは企業そのものと戦うことになります」

「怖ぇ」

「なので、規約などは必ず全て確認してください。規約を故意でなくても破ってしまって炎上した人は沢山見てきましたから」

「分かった。気をつけよう」


 明澄は脅すつもりでは無いのだろうし、当たり前のことを教えてくれるが、そこにはリアリティと迫真さがあった。


 庵はまだ配信関係で炎上したことは無い。

 ただイラストレーターとしては何度か騒ぎはあった。


 もちろんどれも自分は悪くなかったが、それでもひとたび良くない噂や騒ぎになると、大変な目に遭うことは知っている。


 明澄の言葉を肝に銘じておく。


「あと、スーパーチャット、広告のオンオフも気をつけてください。スパチャ機能をオフにしないといけないのに、オンにしたままゲーム配信をして燃えた件はかなりあります」

「それは危ねぇな。たしか、最近も色々問題になってたっけ?」

「別の事務所の話ですけど、とある方が規約違反を起こしてしまって、その事務所の配信者は丸ごと当該企業の全てのゲームで配信NGが出たこともあります」


 お金に関しては想像以上にシビアということだ。

 厳しいというイメージは誰もが抱くだろうが、恐らくそのイメージの数倍は厳しく複雑である。


 庵は個人事業主ということもあって、仕事毎に契約をしたりするが、契約書や規約はかなり時間をかけて読み込むことはよくあった。


「BGM関係ですけど、フリーで良いものが沢山あるので、また紹介しますね」

「正直、どこのやつを使ったらいいとかわからんからなぁ」

「お望みでしたら庵くん専用のBGMも作曲家さんに作って貰うことも出来ますし、私はお願いしている方がいるのでそちらも必要であれば仲介しましょう」

「助かる」


 いつも明澄の配信のBGMはいい曲だなと思っていたから、専用のBGMというのは羨ましくあった。

 どうせなら庵も気兼ねなく使えるBGMがあると便利だろう。


 なんだかこうしていると配信活動をするんだなと実感が湧き始めてきた。


「次は配信中のことですけど何が聞きたいですか?」

「そうだな。アンチとか荒らしの対処とかかな」


 権利関係の話からアンチや荒らしという配信者、というかクリエイターやインフルエンサーの敵の話に移る。


 これは切っても切れない問題で悩まされている配信者や芸能人、インフルエンサーは多いだろう。


 庵もTwitterなどで遭遇するアンチにはそれなりに構えていられるが、いざ生放送中だと戸惑う自信がある。

 聞いておいて損は無い。


「分かりました。では簡潔に言いましょう。無視とブロックです。コメント欄とかに現れたら、即ブロックしていいです」


 明澄から教えられた対策はシンプルだった。

 民度がよく敵も作りにくいキャラクター性と配信のスタイルを取っている明澄でさえ、強烈なアンチだったり配信中に荒らしが現れるほど。


 そのたび、庵がコメント欄にいる時は明澄から一定の権限を与えられているため、彼が始末することはあった。


「そうだよな」

「まぁ、先生のところにそんなのが湧いたら私が消しに行きますけどね。フフフ……」

「ま、まかせたわ」


 庵も明澄にモデレーターの権限を付与して、助けてもらうつもりだ。


 そしてその当人はちょっとした悪人面を浮かべ、不気味な笑い声を漏らしている。

 完全に推しの敵を抹殺する気満々だった。




「さて、ここからは楽しいレクチャーの時間です。少しだけ2Dモデルを動かしてみましょうか」

「お、いよいよか」

「楽しいとは言いましたが、配信中に使用方法を誤るとお顔を世界中に晒すことになりますのでよく聞いておいてください」


 折角楽しくなってきたのに、怖いことを言う。

 だが、明澄はその危険やリスクに気を配りながら配信をしているということだ。


 気をつけないと次の日、クラスで晒されている可能性もある。

 それだけは避けないといけない。


「まぁ、俺は最悪バレてもアイドル売りとかしてないし、この顔でも炎上はしないだろ」

「別に庵くんはかっこいいお顔だと思うので、逆に人気でそうですけど」


 VTuberはその性質上、顔を晒す訳にはいかない。

 もしそうなるとイメージの悪化やファンの夢を壊すことになり炎上することは容易に想像出来る。


 ただ例外があり、本人のビジュアルが良いとあまり燃えないケースも存在していた。

 明澄曰く庵はそのケースに当たるらしい。


 褒められて嬉しいのは嬉しいが、バレるのは良くないのでバレない方向で頑張りたいものである。


「うーん、まぁ俺はともかく、滅茶苦茶美人な明澄こそ炎上はなさそうだな」

「褒めても何も出ませんけど?」

「事実だしなぁ。正直、俺が出会って見てきた誰よりも、綺麗だと思うレベルだし」

「そ、そういうことはあまり女性とかに気軽に言うのはよくないですよ」

「明澄以外には言えねぇって」

「そういうのです。そういうのがよくないんです。わざとですか、もう……」


 庵は真実しか言っていないし、誰に聞いたってこんな風に明澄を褒めるだろう。


 そんなに照れられるとは思わなかった。

 言葉選びの問題だろうか。


 そもそも明澄以外に親しい女子の友人なんて胡桃くらいだ。

 それに彼氏がいる胡桃には言わないし、ほかに言う女子も見当たらない。

 明澄が諭してくる理由が庵には分からなかった。


「まぁ、嫌だったらごめんな。もう言わない」

「そういうことじゃないんですけど……まぁ、いいです」


 不快にさせたのならとりあえず謝っておこうと庵はそう言うのだが、明澄は呆れるように呟きながらゲーミングチェアをクルっと回転させて背を向けた。


「庵くんは一度、言われる身にならないと分からないんです。とんだ天然たらしさんです……」


 と、明澄は背を向けたまま足をぷらぷらさせながら、そんなことを口にしていた。


 また、その日は何故か明澄から「かっこいい」とか「声がいい」などと褒め言葉を連呼されたりするのだった。

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