第38話 聖女様の失敗
パソコンの故障により、明澄と共に庵は壁一枚を隔てた部屋で配信をしていた。
休憩中、明澄に翻弄されたりしながらも庵は配信へと戻ってきて、彼女と放送を再開する。
そうしながら明澄の発言に戸惑いを抱えつつも、順調に配信は進んでいた。
「これで最後のクソマロかな」
「はい。では、ラストのクソマシュマロに行きましょうか。ママ、読んで貰えますか?」
「はいよ、ええと……」
『うかまる大好き。氷菓、好き好き大好き。ママはあなたを愛しています。大好きだぁぁぁ!』
「なんだこれ」
「ママ、ありがとうございます。私も大好きですよ」
《告白きちゃ?》《てぇてぇ》《てぇてぇマロだ》《これは良マロ》《祝福する》《おめでとううかんきつ》《てぇてぇ》《ママ、強制的に告白させられてて草》《一体いつから、クソマロだけだと思っていた?》《最後の最後で最高のマロ》
明澄に読まされたのは、もはやクソマロでは無い強制告白マシュマロだった。
いや、ママという単語が入っている当たり、娘に対する家族愛的なメッセージとも取れるだろう。
それにしてもなんて内容のマシュマロを読ませるんだ、と庵は呆れていた。
庵の言葉ではないとはいえ、こんなことを言わされるなんて恥ずかしすぎる。
いつもはてぇてぇ営業として割り切っているが、こんなに熱のこもったセリフを言わされたら、恥ずかしいに決まっている。
ちょっとした羞恥心に庵は参っていた。
「氷菓、自分で作ったなこのクソマロ」
「なんのことでしょう?」
庵はふと気づく。
もしかすると彼女が作ったのでは無いかと。
それを指摘すると、明澄は白々しく返してきた。
やはり明澄が考えたマシュマロらしい。
オチを作るためとはいえ無茶苦茶だ。
完全に庵で遊ぶ気満々で、普段の清楚な彼女からは中々見られない悪戯好きな明澄が顔を覗かせていた。
「お前ェ、こんなオチの付け方あるか!」
「というわけで、今夜はこの辺りで終わりましょう。おつうか〜」
「おい待て! 勝手に終わらせるな。俺も今度クソマロ送ってやるからな!」
《自分にクソマロ送ってママに読ませるとか、うかまるおもろすぎるw》《草》《草》《普通に誰得ってリスナーが得しただけよな》《ママ、遊ばれとる》《面白いw》《草》《いいオチだ》
と、コメント欄を盛り上げつつ、庵が突っ込む中、配信は終了した。
否、したと思っていた。
「ふぅ。お疲れ様です」
「お疲れさま。というかあんなクソマロ読ませやがって」
「ふふっ。楽しかったでしょう?」
「まぁな」
いつも通り配信後のやり取りが裏では続いていた。
庵の自宅にいるのでリビングかダイニングに向かえばいいのだが、普段の癖でそのままボイスチャットで二人は会話をしていた。
そして、それが良くなかったが二人はまだ気づかない。
「私はちょっと思ってたのと違うかったんですけどね」
「どういうことだ?」
「どういうことでしょうね?」
明澄は曖昧で不明瞭な言い方をして、具体的な事を言わなかった。
何か違う思惑があったのだろうが、教えてはくれない。
もしかすると何か企画を練っている途中なのかもしれないと考えて、庵はそれ以上は聞かないことにした。
「さて、一旦切るか」
「ですね。また後で諸々打ち合わせなどしましょう」
「おう、また……って! おい!」
あまり話すことも無く、配信後の会話は終わろうとする。
そして、庵はボイスチャットを切るその時、ふと自分のスマホが目に入った。
なんと、まだ配信が続いていたのだ。
《Cパートたすかる?》《これCパート?》《Cパートたすかる》《裏のやり取りありがてぇ》《てぇてぇ》《やり取りが普段と違うな》《配信切ってないんじゃなくて切れてないんじゃない?》《普段のCパートと違うの良き》《素の二人か》
庵は画面を共有する代わりに、配信を開いて見ていたからスマホには今日の放送の画面が映っている。
それはいつも通りなのだが、配信画面は終了したあとの画面ではなくロゴだけの背景のままとなっていた。
加えて流れていくコメント欄を見て、庵は全てを理解する。
配信事故だ、と。
「急にどうしたのですか?」
「まだ、配信切れてねぇんだよ!」
「え!?」
どうやら明澄は気づいていないようで、まだふわっとした声音だった。
彼は直接、配信が切れてないことを伝えるとようやく明澄は素っ頓狂な声を上げる。
「やべぇ、リスナーに全部バレるぞ! 配信切れ!」
「ふ、ふふふ、き、気づいちゃいましたか。じゃ、じゃあ切りまーす」
慌てた庵は明澄に配信を切るように指示を出すと、彼女は狼狽えながらもそう言いつつ配信を切った。
庵にはすぐ分かったが、明澄はわざと配信を切らず実は続いてますドッキリの演技をしたのだろう。
緊急事態やアドリブが求められる場面で活躍してきただけあって、その機転には庵も驚くほどだった。
実はまだ音声が乗ってますよ的なノリはよくあるので、本当に上手く活用したと言える。
そして、とりあえず完全に切れたか確認できるまで、これ以上配信に何も載せないようボイスチャットを切った。
「やばかった」
「す、すみません! 本当にすみません!」
その後、後始末を終えると二人はリビングで反省会的なものを開いていた。
配信事故を起こしてしまった明澄は兎に角、頭を下げ続けている。
ちょっと涙目になるほど、申し訳なさそうにしているのだった。
「配信事故なんて初めてじゃないか?」
「初めてです」
「やっちまったな」
「すみません。私の不注意です。いつもは部屋に配信を切ったかどうか確認するために、警告の紙を貼り付けているんですけど、それがなくて確認ミスを起こしました……」
「なるほど。そういう事か」
明澄は今まで小さな炎上はあれど、配信事故を起こしたことなんてない。
かなり用心して配信をしていたことは庵も知っている。
今回起きてしまった理由は、いつもと違う環境の所為だった。
それは仕方ないだろう。
配信前はかなり入念にチェックしていた。
メッセージやユーザーネーム、デスクトップなどあらゆるところを確認したが、まさか切り忘れるという初歩的なミスを引き起こすとは思うまい。
「なんとか誤魔化しましたけど、しばらくは切り抜きとかちょっとしたネタにされそうです」
「それで済むならいい方だろう。にしても、よく名前を言ったりドアとか開けなかったと思う」
「私もそう思います」
二人は部屋を出れば直接話せるので、配信後にボイスチャットでやり取りをする必要はなかった。
その所為で音声が乗ってしまっている。
だが、逆にそうせずにリビングに行ったりしてドアが空いたまま配信の切り忘れに気づかなかったら、もっと他の会話が漏れる可能性まであった。
そうなると確実に同じ部屋で配信をしていることがバレたはずだ。
配信後に部屋に留まったのは、ある意味不幸である意味幸運だったとも言える。
「でだ、隣に住んでるとかバラすのはやっぱりやばいだろ」
「はい。あんなことを言いましたけど、いざとなったら絶対にバレたくないって思いました。凄く怖かったです」
明澄は震えるように声を絞りながら、気を落としていた。
あの冗談は何を思っての発言だったのか分からなかったが、こうして彼女の本音が聞けたのは良かっただろう。
「なんにせよ大事にはなってないし、これからは気をつけよう。あと、もう二度と同じ所で配信はやめような」
「そうします。本当にご迷惑をおかけしました」
「俺も反省するし、これからは配信切れてるかこっちでも確認するから」
「はい……」
お互いに気をつけようと、言い合って確認をする。
そこで庵は終わったつもりだった。
けれど明澄はまだ落ち込んでいるようで、目を伏せてきゅっと拳を握っている。
少し精神的に辛くなってしまっているのだろう。
それがあまりにも痛々しくて庵は見ていられなくなって、彼のその手はふと明澄の頭の方に伸びていた。
「あ、あの?」
「落ち着け。大丈夫だから。もう終わった事だし、気にしなくていいから」
庵に撫でられた明澄はびくりと体を震わせたが、嫌がるような素振りは見せなかった。
とりあえず落ち着かせようと、必死に明澄を気遣った結果が頭を撫でるという行為に現れていた。
明澄はそれに気付いたのだろう。「はい。はい……はい」と何度も頷きながら受け入れる。
それからひとしきり庵が慰めると、彼女は落ち着いたようで彼から離れてソファに移動して、優しい表情で膝を抱えて
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