第32話 聖女様のお見舞い おまけ

「庵くん? 寝てしまいましたか?」


 明澄が見舞いに来てから一時間弱。

 二人で会話したり、読書をしたり動画を見たりと過ごしていた。


 そしてもうすぐ昼食時だが、いつの間にか庵は眠ってしまったらしい。


 熱の具合から横になる必要はなかったが、彼も疲れていたのだろう。

 その疲れが熱という症状に出たわけで、一度横になったら眠くなるもの頷ける。


 庵はすぅすぅと小さな寝息を立てて眠っていた。


「先週までは忙しかったですし、仕方ありませんね。元々、睡眠時間も少ないようですし」


 明澄は寝ている庵に布団をかけ直しつつ、独り言を漏らす。

 バレンタイン系の仕事があって彼は特に忙しそうにしていたから心配だったが、ここで一息つけるのなら少し安心だ。


(それにしても綺麗な寝顔です)


 庵の布団を整えてあげていると、ふと彼の顔が視界に入る。


 いつもは自分のことを悪くもイケてもないと自称する庵だが、実はそんなに悪くないどころか綺麗なほうだ。


 奏太や胡桃、明澄の様な美男美女がそばにいるせいで自己評価が下がってしまうのかもしれない。


 眉は整えているのかしっかり揃えられているし、薄く茶色掛かった髪は艶もある。

 普段怒ったりなんてしないし、それほど豊かな表情を見せはしないが、今は可愛らしい優しげな顔つきをしていた。


 庵は大人びているというか大人しいというか、悪くいえば高校生らしくない可愛げのない性格だが、部屋を散らかしたり、微熱があるのに絵を描いてみたりと、どこか子供っぽさもある。


 また起きている時の庵からは大人っぽい印象を受けるが、寝ている彼からは子供っぽさが滲み出ている。


 明澄は、ちゃんと綺麗なお顔をしているんですけどね、と笑みを零しながら庵の乱れた髪を直していた。


(シャンプーやトリートメントはやっぱり同じなんですね)


 彼の髪を直す途中、明澄はふわりと香ってくる甘めの匂いに気付いた。

 ホテルの各部屋の風呂に設置されているシャンプーなどは、男子も女子も同じらしい。


 自分とは全然違う人間からこうして同じ匂いがすることが、明澄はなんだか不思議で楽しくなってくる。


 悪戯心が芽生えたのか彼女は庵の頭をしきりに撫でてみたり、頬を触ってみたりと遊んでいた。


 庵は意外と柔らかな肌をしていて、ふにっとした感触が指先に伝わってくる。


 まさか、普段から手入れをしている自分より柔らかいのではないか? と気になって交互に触ってみたりと彼女はやりたい放題だった。


 普段はあまり人と触れ合わないし、ましてやまともに男子と手を繋いだことすら無い明澄からすると面白かったのだろう。

 飽きるまで彼へのちょっとした悪戯は続くのだった。


 そして、ひとしきり楽しんでいた明澄が手を引っこめる、その本当に最後の最後で、


(なにやってんだ……?)


 と、少しだけ覚醒した庵が半分夢心地の中、戸惑ったのち、もう一度眠りにつく。

 けれどそんなことにはまだ明澄は気付いていなかった。

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