第7話 後編 そして部屋は輝きを取り戻す

「ふぅ、ようやく綺麗になってきましたね」

「あぁ。ゴーフル缶、サランラップの芯、プライズフィギュアの箱……」

「はぁはぁ、疲れました……♡」


 半日程かけた大掃除は大詰めを迎え、モノが溢れていた庵の部屋の床は見晴らしが良くなっていた。


 汗を拭う明澄は部屋が綺麗になったことを喜び、庵は別れたゴミらに思いを馳せ、もう一人は何かの達成感を得ていた。


「さて、ラストですよ。残りはこの一角だけですね」

「もういっそ全部捨てるか」


 大掃除も残すところ断捨離を生き延び、ダウンフロアリビングに集められたモノたちの片付けだけ。

 このパントリー付きの広い2LDKの部屋を思えば、よく半日でここまで漕ぎ着けたものだろう。


 それも優秀な家事スキルを携えた明澄の苦労があってのものだ。

 ただ、逆に庵の精神は断捨離のせいですり減っており、やけっぱちになっていた。


「ヤケクソにならないで下さい。というか断捨離は終わってますから、後は仕舞うだけじゃないですか」

「アルバムとか重くてダルいんだよな」

「確かに凄い量のアルバムですよねぇ。何かの資料なんですか?」


 瑠々が言うようにリビングにはかなりたくさんのアルバムが積まれていた。


 明らかに庵一人分の量ではない。

 まるで家庭を持っていたとでも言わんばかりのアルバムの数々だ。


「いえ、家族のやつです」

「そうなんですね。でもなんで、朱鷺坂さんはわざわざご実家からアルバムなんて持ってきているんです?」

「親父と母さんが捨てるって言ったから。流石にこれは水瀬でも勿体ないと思うだろ?」

「え……?」


 庵が淡々とそう告げると明澄はかなり驚いた様子でそちらにゆっくりと顔を向ける。


 普通アルバムなんて捨てるものでは無い。

 そんな反応をするのも無理はなく、また瑠々は何も言わないがどう言って良いのか分からないといった感じの反応をしていた。


「未練なんて無いんだろう。そういう親だからなぁ」

「すみません。余計なことを聞いてしまいましたね」

「ん? いや別に大したことじゃないって。ウチの親は割と変だし、こんなの普通だぞ」


 庵はなんとも無さげに言うも明澄と瑠々は戸惑うばかりだ。


 明澄に至っては地雷を踏み抜いたのでは無いか、と恐る恐ると謝っていた。

 けれど庵は何か気まずくなるような事だったか? と不思議そうな表情をしていたりよく分からない。


「ま、まぁ。考え方は人それぞれですしねぇ」

「ええ、そう思います。さぁ、もう片付けてしまいましょうか」


 瑠々は波風だけ立てないように言えば作業を再開し、明澄もそれに習って手を動かし始めた。


 そうしながら休日の大掃除は終わりを迎えるのだった。




「今日はお疲れ様でしたねぇ」

「千本木さんもお疲れ様です」

「やはり事務仕事もなさるだけありますね」

「いえいえ。水瀬さんも中々のお手際でした。良いコキ使い方でした」


 紆余曲折あったものの無事に片付けが終わり、庵と明澄、瑠々はジュースを片手に労い合っていた。


 なんと言っても今日のMVPは明澄だろう。

 庵の貧乏性に立ち向かい、変態るるを上手く扱って汚部屋とも言うべき荒れた部屋を半日で片付けたのだから。


「とりあえず二人のお陰で綺麗になりました。本当にお疲れ様です」

「まさかかんきつ先生がモノを捨てられない人だなんて思いませんでしたよ」

「うっ」

「全く、全部必要とか言い出した時はどうしようかと」

「すまん」


 庵は丁寧な物言いで頭を下げると明澄がチクリと言う。わざわざかんきつ先生呼びで。

 それに対しては彼はなにも言い返せないし、相当迷惑を掛けたのでバツが悪そうに謝っていた。


「まぁまぁ、綺麗になったし良かったじゃないですか。というわけで、今日はそろそろ失礼します」

「あ、お疲れ様でした」

「お疲れ様です」


 二人を宥めつつ瑠々はそう言うと立ち上がる。

 時刻は夕方の六時前。そろそろ夜になる頃合いだ。

 庵と明澄は彼女をその場で見送る。


「あれ? 水瀬さんはまだ帰らないんですか?」

「いえ、私も帰ります! 朱鷺坂さんそれでは!」

「お、おう。じゃあな」


 だが、瑠々にとってそれは不思議なことだったらしい。

 普通ならここで明澄もお暇するはずだからだ。


 しかしこの後、彼女は庵にまた夕食の世話になる予定でここから去るという意識がなかった。

 瑠々に言われてようやく気付き、慌てて帰りの支度をする。


 まさか夕食を世話になっているとは言えない。

 恥ずかしさもあるが、余計なことは漏らさない方がいい。


「あの、また後で……」

「ほいよ」


 明澄は少し頬を赤く染め耳打ちをするジェスチャーをして小さな声で言う。

 すると、すぐに瑠々の後を追っていった。


「うーん、そういうのやめてくれよ……」


 三日前のようにまた不意にドキっとさせられた庵は自分の鼓動の音に、聞こえないふりをしてキッチンに向かうのだった。

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