第30話 聖女様と女子たちの夜の語らい

「ね、聖女様は本当に好きな人とかいないの?」

「ええ。いませんよ」


 就寝前、明澄と胡桃の部屋には二人を含めて五人ほど集まって、ガールズトークを繰り広げていた。

 やはり聖女様の恋愛とやらに興味があるのだろう。


 彼女たちは寝巻き用のシャツなどに着替え、お菓子を用意して夜更かしする気満々だった。

 今は明澄にいくつかの質問を投げかけているところだ。


「ええっと、男子とかの好みとかある?」

「好みですか?」

「背が高いとか運動ができるとかね」

「そうですね……」


 明澄は恋愛ごとや男子には関わったりしないし、女子たちの恋愛話自体に自ら混ざることはないものの、ある程度なら答えたりする。


 線引きはあるけれど彼女は大抵の質問には答えるし、今も質問の答えを思案していた。


「やはり優しい人、でしょうか?」

「うんうん! 他には?」

「他ですか……えっと、私を引っ張っていってくれる方だと嬉しいです」

「わかるわかる! 聖女様ってもしかしてオレ様系とか好きだったりしない?」

「お、おれ様系ですか?」


 首をもたげながら答えた明澄に隣にいたポニーテールの少女が食い付いた。

 彼女はぐいぐいと迫ってまた質問を重ねるが、明澄は戸惑って聞き返す。


「そう! 自分に従え的な感じでプライドが高くて強引なタイプ。良いよね〜私も支配されたいタイプだから!」

「い、いえそういうのはさすがに……」

「なーんだ。仲間を見つけたと思ったんだけど」

「やめときなさい。あんたはちょっと特殊な趣味してんだから。清楚オブ清楚の聖女様を巻き込まないの」

「そうかなぁ。聖女様もオレ様系が好きになったら言ってね!」

「は、はぁ……」


 明澄に爛々と輝かせた目で迫る少女だったが、理解を得られなかったようで、ちぇーといいながら引いていく。

 胡桃に窘められるのだが、最後に明澄へそう言って静かになった。


「あ、そうだ! 今日さ、水瀬ちゃん一緒に男の子といたじゃん。あの子と仲良いの?」


 今度は茶髪の女子が長い髪を揺らしながら、思い出したかのように言い出した。

 今日は庵といることが多かったので、恐らくその事だろう。


 ただ、周りからは庵と明澄のそれぞれのペアが胡桃と奏太なので、バカップルと交換させられただけと思われている。


 だからあまり指摘されることは無かったが、やっぱり気にはなるらしい。

 その質問が放たれると、室内はちょっときゃっきゃとし始めた。


「あー七組の聖女様と同じクラスの男子だっけ? えーと確か名前は……」

「朱鷺坂君ね。うちのクラスだと沼倉君ぐらいしか喋ってない男子」

「そーなんだ。で聖女様はどうなん?」

「それ、別に私が交換しただけなんだけど……」


 庵とのことを聞かれるも、そこに胡桃が割って入る。


 二人はお隣さんであることを隠しているし、その事情も胡桃は知っているから助け舟を出そうとするのだが、明澄は視線でやんわりと大丈夫ですよ、と合図を送った。


「ちょっとしたお知り合いです。クラスメイトですし、朝霧さんの彼氏さんのご友人ですから、少し面識がある程度です」

「なるほど。で、どんな人だった? 陰キャ?」

「とても良い人ですよ」


 興味津々に尋ねてくる茶髪の女子に対して、明澄は優しげな表情で答えた。

 短くも庵に対する彼女の印象と心象がそこに詰まっていた。


「そうなのねー。えーじゃあ今度話しかけてみよっかなぁ。朱鷺坂君て寡黙なの良いよね。ちょっと怖かったからアレだったけど。水瀬ちゃんがそういうならアリかも?」

「あのね。アンタこの間彼氏と別れたばっかでしょ。節操ないわねー」

「えーやっぱ彼氏は欲しいじゃん。朱鷺坂君、ぼっち系かと思ってたけど、顔は意外と良さげだしー。今度さ、胡桃の彼氏と朱鷺坂君呼んでダブルデートセッティングしてよ」

「待ってよ! わたしも気になる」

「あたしはいいかなぁ。後で話聞かせてねー」


 今までもそれなりに話題に上がることのあった庵だが、明澄の回答によって思わぬ人気の急上昇ぶりで彼女たちは湧き上がる。


 明澄はそれを眺めるだけだが、なんだかちょっと嬉しいような感覚がそこにあった。

 いつも一緒に配信するし、自分のために素敵なイラストや衣装を描いてくれる彼が評価されるのは誇らしく思える。


 それに明澄の中にはもっと庵は評価されてもいいはずという思いがあった。


「……そうね、あいつも彼女いない方がおかしいくらいだからね。どうしようかしら?」


 一方でそれは胡桃も同じらしい。いつもは庵に対して当たりが強い彼女もなんやかんや彼が評価されて嬉しいようだった。


 彼女は悩みつつ、ちらりと「いいの?」と言いたげに明澄に視線を送る。

 ただその意味があまりよく分からなくて、彼女は首を傾げていた。


「うーんまぁ、あいつがいいなら。セッティングしてあげるわ」

「ほんと?」

「ええ。でも多分無理だと思うのよね」

「なんで?」

「そのうち分かるわ」


 と、胡桃は意味深に呟いて、もう一度明澄の方をみやる。

 すると、


(な、なんでしょう。この感覚は……)


 明澄は難しそうな表情をしていた。

 さっきまであまり気にする事はなかったのに、庵が評価されるのは嬉しかったのに、明澄はどうしてか複雑な気持ちになっている。


 よく分からない。

 それが今、彼女に出せる答えだった。

 モヤッとするような、悩ましいような感情が湧き出てきて、明澄は困っていた。


 友達として嬉しいことなのに、どこか表現しづらい気持ちがそこにある。


 だから、明澄はその独占欲的な感情に、一つだけ無理矢理答えを見出す。


(私はわがままですね……)


 それはオタクとしてよくある自分の推しはみんなに好きになって欲しいけど、自分だけしか知らないでおきたい。


 そんな厄介な気持ちなんだろうと結論づけて、その日は収めることにした。




 一方、その頃の庵と奏太の部屋の様子と言えば、


「寝るわ」

「早くないか?」


 まだ九時にもなっていないのに、庵は疲れた様子でベットに寝転んでいた。

 動画を見ていた奏太はえ? という表情をしていて驚いている。


「疲れたんだよ。なんか身体重いし、これが歳をとるってことかね」

「オレたちまだ人間として二十歳ぜんせいき来てないからね? それ、運動不足だよ。うちのサッカー部にでも来る?」

「絶対嫌だ。まじで、もう寝るわ。消灯まで電気は消さなくていいから」

「あいよ。おやすみ」


 本当にだるそうだが冗談は言えるらしい。

 奏太も苦笑しつつそんな誘いをしてみるが、にべもなく庵は断って本当に眠りについた。



 そして、翌日の朝。


「マジか……熱あるじゃねぇか」


 庵は三十七度ちょうどという、本当に微妙すぎる微熱を出していた。

 そうして、林間学校の二日目が幕を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る