第28話 聖女様となんだかんだ楽しく
林間学校、スキー合宿当日。
庵たちはバスで約三時間半ほどかけて、宿泊するホテルに到着した。
まずは自分たちの荷物を割り当てられた部屋へ運ぶのが最初のプログラムだった。
「ふぅ。疲れたぞ」
「まだ、お昼にもなってないよ」
庵は部屋に着くや否やベッドに飛び込む。
何度かサービスエリアなどに寄ったものの、数時間座ったままの身体は硬くなっていて、癒しが必要だった。
それに、ホテルに着いたらまずやる事と言えばふかふかのベッドに飛び込んでみるものだろう。
ベッドの上でゴロゴロとその柔らかさを享受する庵に対して、同室の奏太が苦笑していた。
「お前と違ってこっちは帰宅部だからな。体の出来が違うんだよ。昼飯まで時間あるし、お前もゆっくりすれば?」
「そうしようか。よっ」
「奏太ー!」
「お、胡桃?」
完全にベッドの虜になった庵は奏太にも勧める。
すると彼も同じようにベッドに寝転がるのだが、その瞬間に部屋のドアが開いたと思えば、胡桃が飛び込んでくる。
「おいおい勘弁してくれ。ここはホテルだがそういうホテルじゃねーんだぞ」
「失礼ね。時と場所くらい弁えるわよ。ね、奏太」
突然現れた胡桃は奏太がいたベッドに潜り込んでいて、またかと庵は呆れる。
チクリと言って牽制するけれど、胡桃はまるで自分たちが普段から弁えているような口振りで返すだけ返して、奏太とくっついていた。
「朝霧さん、男子の部屋に入ると怒られますよ」
「あなたは清楚ね。でもきっと彼氏が出来たら分かると思うの。だからもう少しだけ」
「早めにブーツやウェアを合わせに行かないと混みますよ。仲良くされるのは部屋の外でも出来ますし。ね?」
と、胡桃が部屋に飛び込んできた十数秒後、明澄が彼女の後を追って庵たちの部屋にやってきてはそう注意していた。
きちんとドアの外にいるあたり、その真面目さが伺える。
因みに庵と奏太、明澄と胡桃はそれぞれ、この林間学校の間は同室でペアを組んでいる。
「分かったわ。じゃ、奏太、行きましょう」
「はいはい。荷物を片すから部屋の外で待っててくれるか」
「ええ。待ってるわ」
普段は庵の注意なんて聞きやしない胡桃だけど、明澄の言うことは素直に従って部屋から出ていった。
釈然としないが庵はバカップルの暴走が止まっただけ良かったと思うことにした。
「なぁ、アレ。お前より彼女の手綱握ってねぇか?」
「かもしれないね」
「まじで部屋に来てるのバレたらやべぇからちゃんと言っとけよ」
「分かってる。さ、オレたちも行こうか」
部屋に残っていた男子二人でそう言い合う。
前々から明澄の言うことには素直な胡桃だが、いつの間にかより従順になっている気がする。
明澄は特定の生徒と仲良くしているのを見かけたことがなかったから、ちょっとだけ庵からすると安心でもあった。
「わぁ。凄く綺麗な雪ね」
「本当ですね」
「寒っ」
「寒いね」
「帰りてぇ」
ブーツやウェアなどを合わせ終わり、昼食も済ませるとようやく自由時間が始まった。
庵たち四人はスキーの経験があるグループに属していて、軽い講習のあと自由に滑っていいことになっている。
ウェアを着てホテルの外に出るとそこは綺麗なゲレンデが広がっている。
女子の二人は楽しそうに雪を眺めているが、一方の庵と奏太は寒さに負けていた。
「奏太、行くわよ」
「待ってくれ」
「はーやーく! みんなもう行ってしまったわよ」
四人は昼食後、ゆっくりしていてかなり遅めに外へ出てきていた。
だから待ちきれないとばかりに胡桃が先へ先へと進んで行けば、奏太が追いかけていく。
全く仲のいい二人だが、とり残される身にもなって欲しいものである。
「こんなに寒いのに元気なやつだ」
「あなたは寒がりなんですか?」
「そういう訳じゃないけど、今日は冷えるわ」
「カイロ使います?」
「持ってきたのか?」
「ええ、予備をポケットの中に」
「悪いけどひとつ欲しい」
残された庵と明澄はカップル二人を見守りつつ、そんな会話を繰り広げていた。
寒がっていた庵は用意周到というか、準備のいい明澄から予備のカイロを貰うことになる。
「腰に貼りましょうか?」
「頼むわ」
「失礼しますね」
「悪いな」
「いえいえ」
と、二人は既にほとんど生徒もいないゲレンデの端で、まるで湿布を貼ってもらう年寄りのようなやり取りをしていた。
「二人ともいちゃついてないで早く来なさいなー!」
「お前に言われたくねーよ。というかイチャついてないし、あと慌ててもしょうがないだろ。転ぶぞ」
「転んでも雪だもの、痛くないわよ」
のんびりとしていた庵と明澄に胡桃がそう呼びかけてくる。
それほど楽しみなのか待てないらしく、彼女は手招きしていた。
「ったく、ほんと喧しいな」
「と仰る割にはあなたも楽しそうですけどね?」
「そう見えるか?」
「ええ」
「まぁ、お前がそういうのならそうなのかもしれん」
やれやれとかったるげに庵は口にするけれど、明澄にそんな指摘をされる。
自分ではあまり楽しいとは思っているように感じていなかったが、彼女からそう見えるのならそうなのだろう。
「私も配信が出来ないのでちょっと困っていましたけど、今になってみれば楽しいですから、あなたもそうなんじゃないですか?」
「かもな」
毎日配信するほど配信が好きな明澄もこの林間学校はあまり前向きでなかった事を庵は知っている。
それでもいざ、こうしてゲレンデに来てみれば楽しく思えるらしい。
だからそんな彼女に言われると絵は描けないし面倒とは思うものの、なんだかんだ自分も変わりつつあるのかもしれない。
こんな風に明澄や奏太たちと行事に参加することもなかったし、たまには悪くないかと思う気持ちがそこにあった。
「せっかくですから楽しみましょうね」
「ああ、そうだな。そうしよう」
そうやって明澄は庵に向けて微笑む。
その笑みは日差しで照らされたゲレンデの雪のように眩しくて、つい視線を逸らしながら庵は頷いた。
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