第27話 聖女様は気にしないし、嫌じゃない
「それで、二人は付き合ってるって感じ?」
奇しくも奏太と胡桃に鉢合わせてしまったあれから、庵のアウターだけ選んで四人はモール内のフードコートに移動していた。
そうして、ポテトをつまみながら胡桃の追求を受けている。
その表情はキラキラと輝いていて、恋バナに興味津々といった感じだった。
「というか、もしかしてあれから本当に付き合ったの? それなら私ってば恋のキューピッドかしら。奏太、私すごくない?」
「うん。凄い」
「えへへ」
先日、明澄に胡桃が庵を勧めた事を思い出したらしく、彼女は一人で盛り上がる。
しかも、奏太に撫でてもらって溶けていたりともうバカップルの極みだった。
「おい、イチャつくか俺たちと会話するかどっちにするんだ?」
「イチャイチャするわ(よ)」
「帰るぞ」
「まぁまぁ」
そんなイチャつきを見せられた庵は二人に二択を問うと、迷いもなくそう答えられるのだから呆れるしかない。
それを明澄が取り持ったりと色々賑やかにしていた。
「まぁ、でも店員さんにああ言ってたし。付き合ってるんだよな?」
「付き合ってねぇ」
「往生際が悪いわよ」
「いえ、本当に違うんです」
明澄と店員のやり取りを見てしまったのだから、事情を知らない二人はそう思っても仕方ない。
それにその後の会話でも、明澄は「あまり店員さんと話したくなさそうだったから」としか言っていない。
傍から見れば単純に彼女である明澄が気をきかせたようにしか見えないだろう。
「とりあえず、聖女様がそう言うのなら事情は聞くわ」
「ありがとうございます。実は……」
庵が否定しても信じてくれないのに、明澄が一言喋るだけで胡桃は聞く耳を持った。
納得はいかないがとりあえず、明澄が説明するのを黙って聞くことにした。
「なーるほどねぇー。ふーんそっかそっか」
「んだよ」
「いや別に。聖女様と一緒のマンションだなんて嬉しいんじゃないのと思ってね」
「俺がそんな俗っぽく見えるか」
「見えないわね」
「だろ。だから単なるお隣さんなんだよ」
明澄が話した内容は、ナンパ対策に庵に協力してもらっていた事、店員とのやり取りについての事情。
そして、お隣さんであることを明かした。
隣に住んでいることを明かしたのは、庵にナンパ対策を頼んだ理由付けが思いつかなかったからだ。
普段、男子を寄せつけない明澄が仲良くもない庵に何か頼み事をするというのは無理がある。
だから、お隣さんということまで明かしておいた。
ただ、普段の付き合いや絵描きであることとVTuberであることは当然だが秘密にしていた。
「交流があるのは意外だなぁ。真反対にいるような感じなのに」
「別に性格とか立場は関係ねぇよ」
「それもそうか。ま、事情は理解したよ。とりあえず、学校の人達には黙っておいた方がいいよな?」
「そうしてくれると助かる」
「分かった。胡桃もそれでいいかい?」
「ええ、もちろん。聖女様には迷惑をかけないわ」
「俺にも、だろ?」
「はいはい」
どうにか二人には納得して貰えたらしい。
バレたのがこの二人で良かっただろう。それに口外しないことも約束してくれる。
とりあえずは一件落着だ。
「さて、オレたちはこのあと店に戻るけどどうする? 四人で回るか?」
「いや、また誰かとかち合うのは面倒すぎる。このあと帰るわ」
「私もそうします」
奏太はそう提案をするのだが、庵と明澄は断る。
流石にこれ以上誰かにバレるのは御免だ。
聞き分けのいい奏太と胡桃だから、ここまで話が丸く納まったが、他の人間ならどうなるか分かったものでは無い。
「あ、そうだ。俺は少しだけ買い物してから帰るから、二人とも悪いが水瀬を駅まで送って行ってやってくれ」
「了解」
「ええ、じゃあ。聖女様そこの駅まで行きましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
ここで帰るとはいえ、明澄を一人にしたらナンパされるかもしれない。
そう思った庵は二人に明澄のことを頼んでおく。
そうして庵は三人と別れるが、その間際に明澄が振り返り「またあとで」と唇だけ動かして手を振っていた。
それに庵もまたぱくぱくと口を動かして「ばれるぞ」と返す。
さすがに帰ってからも会っていることまで気付かれると、また誤解が生まれてしまう。
そんな彼女の戯れにヒヤヒヤしながら三人を見送るのだった。
「はぁー。まさか明澄とも会うし、あいつらとも会うし。まじでどうなってんだ」
「やはりあのお店は有名なのでしょうね」
買い物を済ませ自宅に戻ってきた庵は、そんな風にため息を付きながら言うと、明澄がそう返してくる。
夕食前とあって二人は庵の自宅で再会しており、どっと疲れた身体を労りながら、コーヒーで一息ついているところだった。
「いやまぁ、でも。出会ったのがあいつらで良かった」
「そうですね。お二人で良かったと思います」
「他の奴らならどうなってたことか。これからは気を付けるとしよう。明澄も俺と変な噂が流れたら嫌だろ」
「私は別にそこまで気にしませんよ」
庵のような特別大したこともない男子生徒との噂が流れても、明澄は困るだけだろう。
そう思っていたが、彼女はこちらをみやりさらっと口にする。
「噂が面倒だからって、色々気にかけてたのに?」
「なるべく噂にならないことに越したことはありませんけど、問題はその噂の相手です」
「相手?」
「ええ。私との噂を否定しない人とかなら困ります」
「そんな奴がいるのか」
聖女様との噂をあえて否定しない。
そういう自分の見栄を満たすために人に迷惑をかける輩がいるらしい。
それが明澄にとって一番困ることのようだった。
「でも、庵くんだったらそういうこともないでしょう?」
「もちろんだ」
「なら問題ないです」
明澄は頭を傾けつつにこりとしながらそう言う。
庵からすればそんな迷惑なことは絶対にするつもりは無い。
即答すれば、明澄は短く言ってコーヒーをすすっていた。
「それと庵くんは、私があなたと噂になるのが嫌だろうと言ってましたけど、私は嫌ではありませんよ」
「そうなのか?」
コーヒーを一口啜った明澄は続けてそんな事を告げる。
けれど、それはどういう意味なのだろうと、庵は小首を傾げた。
「はい。あなたのように優しくて誠実な方なら誰だって嫌とは思いませんよ。面倒なことになるかもしれませんが、嫌とは思いません。そこはお伝えしておきましょう」
「そうか」
明澄から帰ってきたのは実に彼女らしい答えだった。言い終えるとまた彼女はにこりと微笑む。
そう言って貰えるならと、庵も少し揉んでいた気を緩められた。
自分との噂を嫌でないと言ってくれるのは、恋愛感情とか関係なくそれなりの信頼や好意があるという証だ。
少し嬉しい気持ちになった。
「俺も別に明澄と噂になっても嫌じゃないな。明澄は優しいし勉強も出来るし、可愛いからな。俺にとってデメリットがないってのもあるけど。まあこんな感覚か」
「……はい。おそらくはそんな感じです。では、そろそろ夕食の支度をしましょうか」
そうして、お互いに苦笑しながら、席を立つ。
今日は庵の当番の日だ。
彼が冷蔵庫に向かいつつ、明澄は食器棚から皿を取り出して準備にかかる。
互いにやや頬が赤かったのはまだどちらも気づいてはいなかった。
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