第25話 聖女様とお買い物
「今週の林間学校楽しみだな」
「……ああ」
「答えの割には楽しくなさそうなことで」
ある日の放課後、庵が帰路に就こうと支度をしていると、隣の机に腰掛けた奏太が元気そうに声を掛けてきた。
そんな楽しそうな奏太とは反対に庵はあからさまに気分が下がっていく。
その理由は林間学校。
内容は二泊三日のスキー合宿で、学生にとって青春の塊みたいなイベントだ。
けれど、庵にとってはまともに絵が描けなくなるのであまり嬉しくない行事だった。
特に学校行事に興味がない彼には憂鬱だった。
「ほんと、君はこういうイベント事に興味が無いな」
「色々あるんだよ」
「そうか。ま、人それぞれだからね。けどオレは胡桃や朱鷺坂君と行事に参加するのは楽しみだよ」
「お前、喋ってもイケメンだな」
テンションが落ちている庵に奏太は苦笑しつつもはっきりとそんな事を言ってみせる。
こういうところがモテるんだろうな、と庵は感心しつつ微妙に口元を綻ばせた。
「そうだ。今日、部活終わりに胡桃と林間学校用の買い物に行くんだけど、君も来るか?」
「遠慮しとく。ちゃんとアイツとデートしてやれ。それにお前らのイチャイチャを見たくねーんだよ」
「ははは、そうかい。じゃ、オレ達だけで行こうかな」
奏太が誘って来るけれど、友人たちがイチャついてる所を見させられるのは勘弁願いたいものだ。
庵は談笑も程々にして、彼に背を向けながら手を振りつつ帰路に着く。
「そうかぁ。旅行用のヤツ買いに行かないとな。しゃーない今から行くか」
帰り道の寒空の下、庵はそんな独り言を呟けば、進行方向を自宅から隣町のショッピングモールへと変えて歩き出した。
電車を使って十五分ほどにある隣町へやってきた庵はショッピングモール内を見て回っていた。
歯ブラシや洗顔セットなどの小物を確保し、あとは防寒対策の衣類を調達するためにとある店に立ち寄るのだが、
「え……」
「あ……」
鏡の前でアウターを合わせている聖女様と鉢合わせた。
「な、なんでここに?」
「それは俺も聞き返したいんだけど?」
「まあ、ここは有名なお店ですもんね、会うのも仕方無いかもしれません」
「だな」
まさかのエンカウントに驚きつつも、そこは配信者として場数を踏んだだけあって、明澄はすぐに取り直していた。
「庵くんも防寒ウェアなどを買いに来られたのですよね?」
「おう。手袋とか諸々な」
「では、少し付き合って下さいませんか?」
「良いけど。この辺、学校のやつらがうろついてるかもしれんぞ?」
明澄の口ぶりとアウターを手に持っていることから、彼女も庵と目的は大体同じなのだろう。
それを確認すると、明澄は買い物に誘ってきた。
これは予想外だ。
スーパーやコンビニでたまに出会うけれど、未だに一緒に出歩くことは無い。
人気のある聖女様とあって男子と出歩いていると、噂とかになったら面倒だからである。
なので、こうして明澄が誘って来るのは初めてだった。
「えっと、それよりもなんと言いますか、ほら」
「あーそういう事か。ナンパのほうがだるいもんなぁ」
明澄がチラリと店の外の方へ視線を向けると、そこには何人かの男たちが彼女に見蕩れているようだった。
そこでようやく庵は気付いた。彼女は自分にとりあえずナンパ避けになって欲しいのだと。
出会うか分からない学校の生徒たちの噂になるか、ほぼ確実に出会うナンパを避けるか。
その選択肢では明澄は後者を選んだわけだ。
「ええ、なので庵くんさえ良ければですけど、お付き合いして頂けませんか?」
「オーケー。そういうことなら」
「ありがとうございます。ではまずアウター選びを手伝ってくださいな」
彼女の意図を理解した庵は即答すると、明澄は微笑んで試着室の方を指差した。
「おー! 似合ってるんじゃないか?」
「庵くん、さっきからそればっかりです」
「だって、お前全部似合うじゃん」
明澄の防寒用のアウター選びを初めてから、十数分。
着せ替えショーのように何着も試しているのだが、庵は基本的に似合うくらいしか感想を伝えていなかった。
実際、全部似合うのだから仕方ない。
赤もピンクも白も黒もなんでも彼女は似合うだろう。
デザインが余程、ダサくない限り容姿とスタイルが整った明澄であればどれだって着こなしてしまう。
あとは明澄の着心地とか値段の問題だけなので、あまり言うことがなかった。
明澄はぷくりと頬を膨らませつつ、呆れたような口調で不満げにしていた。
「そうだとしても、もうちょっとなにか言って欲しいです」
「悪い。じゃあ強いて言うならさっきの黒のアウターは良かったかな。結構あったかそうだったし、カッコ良さげだったから明澄の髪の色が映えるんじゃないか?」
「やればできるじゃないですか……。そうですね、撥水効果もあるみたいですしそちらにしましょうか」
彼女は庵が感想を口にすると、一度じっとりと見るように視線を合わせてきたが、すぐにいつものように戻る。
アウター選びに関しては意見が一致したようで、一つ前に試着していた黒のアウターに決めていた。
「さて、庵くんの番ですね」
「よろしく頼むよ」
そうして、次は庵のアウター選びに移った。
「あ、良いですね。似合ってますよ」
「なぁ、お前もそればっかりじゃん」
「庵くん。分かりましたか? こういう気持ちになるんですよ」
庵の番になったのは良いものの、今度は立場が逆転したまま、二人はさっきと同じようなやり取りを繰り広げていた。
どうやら明澄は先程、自分がどう感じていたか伝えたかったらしい。
叱る、訳では無いが彼女はそう諭してきた。
「身に染みたわ。ごめんな」
「分かればいいんです。私も意地悪でしたね。すみません……ふふっ、さて、では続けましょうか」
「ああ」
庵もその気持ちがよくわかったのか、バツが悪そうに謝る。
すると彼女も分かってくれれば良いと、丁寧に腰を折って謝れば、クスリとして次のアウターを手渡してくれた。
「あの、そちらは彼氏さんですか? よろしければ何かこちらでも見繕わせて頂きましょうか?」
引き続き、庵のアウターを選んでいると、ふと近づいてきた女性店員が話し掛けてきた。
服を買いに行くと高確率で発生するイベントだ。
しかも、明澄といることによってカップルにも間違えられている。
あまり店員と話すのが好きではない庵はちょっと嫌そうな顔をした。
すると、
「ええ、そうです。でも二人で選びたいので困った時に頼らせて頂きますね」
と、明澄はにこりとしながら答える。
それはもう躊躇いも戸惑いも何も無く。
彼女の口ぶりはそう答えるのが当たり前かのようだった。
と、そうすれば店員は明澄の対応に素直に色々と察して、店の奥へ戻っていっていた。
(え?)
勿論、庵は戸惑う。
まさかそんな事を明澄が言うなんて思い到れるわけが無いし、恋愛とか恋人とか遠ざけてきた彼女のことだから尚更だった。
「すみません。庵くんがあまり店員さんと話したくなさそうでしたので」
「あ、ああ。そういう事か。悪いな気を使ってもらって」
「いえ」
戸惑っていた庵に明澄ははにかみながら言う。
どうやらそういう意図があったらしく、庵はすぐに納得した。
少しどきりとしたことは隠しておく。
「さて、何がいいでしょう」
「ちょっと微妙だし、違うのを選びに行こうか」
「はい。ではあちらに良さそうなのが……あ、」
そうしてまた、庵と明澄はアウター選びに戻るのだが、またしてもイベントが起きることになる。
今度はより面倒くさいものが。
「えっと、今のって?」
「聖女様と朱鷺坂君じゃないか」
「やべ……」
なんと、二人は買い物デートに来たであろう奏太と胡桃に遭遇してしまった。
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