[書籍化]隣に住んでる聖女様は俺がキャラデザを担当した大人気VTuberでした

第15話 聖女様の憧れとコスプレの話

「衣装はハンガーに掛けないと、傷付いたり縒れてしまいます。大切な資料ですし勿体ないと思えば片付けられませんか？」

　晩御飯の後、緊急で始まったお片付けは明澄の講義的なものから始まった。

　先ずは溜め込んだ服などを洗濯に放り込んで洗い、それからは散らかった衣装に取り掛かる。

　そこで明澄から片付けるための意識付けなどを教えてもらう。

「だな。経費で落ちるとはいえ、ゴミにはしたくないし。バニーもスク水もいつか使えるかもしれん」

「へぇ。使うつもりなんですか？」

「いや、いつもの貧乏性でつい！」

　庵が口を滑らせると聖女様の優しかった目はスっと細められ、侮蔑の視線が突き刺さる。

　バニー衣装やスク水なんて庵が使うものでは無いから、当然それは女性に対してということになる。

　そんなアブノーマルなことを聞かされた明澄からすれば当然、不審がるだろう。

「まぁ、他の衣装なら私が着てあげなくもないですけど」

「マジ？」

「露出のあるものはダメですよ！セーラー服とかは着てみたいとは思いますし」

　明澄が視線をどことなく逸らしながら言えば庵が食いついた。

　イラストを描くにあたって単純に衣装を観察するより、実際に着ているところやポーズや構図などを確認できるのはありがたい。

　また、思春期の男子としても聖女様のコスプレが見られるなら見逃すのは惜しい。

　もちろん、目の保養程度に留めるつもりではある。

「中学はセーラーじゃなかったのか？」

「私は中学生の時からブレザーだったんです」

「珍しいな」

「だから、セーラー服を着てみたいなぁ、なんて思ったりするわけです」

「よし、絵の資料として着てるとこの写真を撮らせてくれるなら、いくらでも衣装を用意するぞ！」

「分かりました、良いですよ。win-winの関係と行きましょう。あくまでも露出のない物だけですけど」

「ありがたい」

　ポイ、とドラム式洗濯機の上に放置されていたセーラー服を、明澄は手に取りながらひらりと自分に合わせて見せる。

　中学まではセーラー服ではなかったし、今も学校の制服はブレザーだ。

　だから、明澄はセーラー服に憧れがあるのだろう。

　コスプレ用ではあるが彼女が着てみたいと言うのなら、庵はいくらでも貸すつもりだ。

　もちろん資料調達に協力もしてもらう予定である。

「そんなに見たいんですか？」

「そりゃあ、絵描きからしたら自由に構図とか指定した資料が手に入るんだからこれ以上ないね」

「それだけです？」

「ま、銀髪の美少女ってだけで価値があるし」

「まだありますよね？」

「何を言わせたいんだよ」

　彼女はニヤっと悪い笑みを浮かべながら、後ろ手を組んで見上げるように問い詰めてくる。

　完璧に庵の公私混同を見抜かれていた。

　資料として、そして美少女のコスプレを見てみたいという邪な気持ちがすっかりバレている。

「全部です」

「はぁ。ま、要するに水瀬みたいな美人さんのコスプレがみたいんだよ。俺も男だからな」

「ふふっ。正直ですね」

「揶揄いやがって。ここまで言わせたんだから頼むぜ」

　彼が観念してそう言うと明澄は満足そうに笑みを零す。

　主導権は完全に彼女にあるらしい。

　最近、なんだか明澄から話を振ってきたり、色々と申し出たりと、初めとはすっかり立場が逆転していた。

「仕方ありませんね。でも朱鷺坂さんは私の事なんてなんとも思ってない様子でしたから意外です」

「んなわけあるか」

　明澄曰く、庵が自分のことを意識していないと思っていたらしい。

　彼女には何かにつけて接点を持とうとしたり、恋愛対象または性対象として近寄る者は多い。

　その点、庵はお互いに正体を知りこうして食卓を囲んだり、片付けを手伝って貰いながら、明澄に迫ることはなかった。

　そう思えば確かに明澄がそう考えても自然だろう。

　けれども当然、庵は男として人並みの感情と欲求を持ち合わせている。

　だから明澄のような美少女に目がいかないわけはないし、先程のように密着したりすると当たり前のように意識する。

　そのコントロールが同年代の男子より上手くそれを見せないだけだった。

「実はあなたがあまりにも興味を示さなかったので、ちょっと自信が揺らぎそうだったんですから」

「あー。お前そういえば、聖女様なんて大層なあだ名を嫌がったりしないもんな」

「ええ、褒めて頂いている証ですから嫌いじゃありませんね」

　彼女も一人の人間として、女子として、そして人気のある少女として、それなりに気にしていたらしい。

　思えば普通なら持て囃され過ぎて、嫌がられるようなあだ名も彼女は平然と受け入れていた。

「なるほど」

「配信者ですから、こう見えて承認欲求とか自己顕示欲は人並み以上なんですよ？」

「そりゃそうだ。俺も同じだし」

　人差し指を立てた唇に当て明澄は、常人ならあまり認めないであろう事も取り繕うことなくそう言ってみせる。

　やはり配信活動をするだけあって、それなりの欲求や欲望はあるらしい。

　そしてそれは庵もまた同じで共感する。

「というわけで安心しました」

「普通、水瀬みたいな美少女なんて放って置くわけないからな」

「嬉しいことを言ってくれますね」

「その流麗な髪が風に晒されるだけで目を奪われるし、スタイルも良いからたまに目のやり場に困るし、ほんと綺麗なひとだなぁって思ってる」

「へ、へぇ」

「あと、すっげぇカッコイイと思ってる。勉強も家事もできるし、配信者もやってる。全部、レベル高いし努力してんだろうなぁって。ホント尊敬するよ」

　つい、勢いだったと思う。

　話の流れのせいか庵の口からスルスルっと、明澄を褒めちぎる言葉の数々が漏れ出ていた。

　普段から褒められ慣れている彼女も、庵が普段言わないようなことを言うので驚いたらしい。

　そして、みるみるとその頬が朱色に染まっていった。

「きゅ、急にどうしたんです？」

「いや別に……」

「そう、ですか」

　さっきまでの和気藹々としたトークと空気感はもう既に消え去っていて、気まずいようなそれでいてなんだか妙な心地に変わっていく。

　彼女は若干、照れながらそう聞いてくる。

　庵も自然と口にしていただけなので、それ以上でもそれ以下でもない。

　ただ、恥ずかしいことを言ったという自覚はあって、逃げるように目を逸らし資料用の服などを畳んでいた。

「不意打ちはずるいですよ」

　一方の明澄もまた、衣装のシワなどを直したり片付けている。

　そして、明澄は赤らめた表情のまま、消え入りそうな声でそう呟く。

　そんな二人がいる洗面所は仄かな柔軟剤の香りと洗濯機がごうんごうんと鳴らす音だけが響いていた。