第14話 聖女様の気遣い
「本日はここまでにしたいと思います! チャンネル登録や高評価よろしくお願いします。では、せーの! おつうか〜!」
午後八時半頃。
明澄は庵との夕食に合わせるため、夕方から行っていた配信を終える。
『お疲れ様です。配信が終わったので今からそちらに向かってもよろしいですか?』
その後すぐ、そんなメッセージが明澄から送られてくると、庵は作業を止めてそれに返事をしたらキッチンへと向かう。
今日は炊き込みご飯に汁物が一品と、ひじきの和え物と冷奴で夕食は既に完成している。
再加熱が必要なのは味噌汁くらい。
庵がIHのスイッチを入れたあたりで、玄関の方からドアの開く音が聞こえた。
「こんばんは。あ、お手伝いしますね」
部屋に入ってきた明澄がダイニングの方へとやってきた。
彼女は紺色のデニムにリブニットのセーター(所謂、縦セタ)という出で立ちをしている。
また気になるのはクローバーのイヤリングだろうか。
派手な印象はない明澄だが、小物使いが上手くオシャレだった。
「助かる。皿はそこの戸棚にあるから」
「分かりました」
庵は最初、彼女をお客扱いをしていたが、キッチンに立つ彼の背中を見ているだけなのは許せなかったらしい。
最近は盛り付けや配膳などを手伝ってくれていた。
「今日は和食なのですね。お味噌汁のいい香りがします」
「手に入った食材がそっち寄りだったからな」
「手に入った、ってスーパーで買い物をするだけでしょう?」
「あー、うん。まぁ……」
「?」
今日のメニューが和食だったことに気付いた明澄がそう言うと、庵は不思議な物言いをする。
その所為で状況が掴めなかった彼女は首を捻っていた。
「いずれ分かる」
「なんですか。もったいぶって」
「いずれ、いずれな」
「まぁ、いいですけど」
ついぞ教えてくれなかった庵に対して、明澄は頬を膨らませてみせる。
それがまた面白いというか、可愛らしくて庵は苦笑した。
出会った当初は想像すらしなかったが、こうしてみると明澄は揶揄いたくなる女の子だった。
「いやぁ、聖女様はほんとすごいな。盛り付けが上手いわ」
「お褒めに預かり光栄です」
明澄の手際はかなりのもので、人よりは盛り付けが上手く出来るであろう庵よりも上手かった。
彼女によると中学まではそういった作法の習い事をしていたそうだ。
「さ。冷める前に食べようか」
「では頂きますね」
「頂きます」
「この炊き込みご飯、凄く味が染みてますね」
「お、ほんとだ! 今日はかなり上手くいってるな」
炊き込みご飯に手を付けた明澄は、眦を細めそんな感想を口にした。
庵も炊き込みご飯を口へ運ぶと、その表情をぱっと明るくさせる。
ふんわりと仕上がった米は出汁が染み混んでいて、濃く深い旨みを感じられた。
また人参、ごぼう、鶏肉など予め火を入れて丁寧に仕込んでいるため、そちらも良い仕上がりだ。
そのまま具材を炊飯器に放り込むだけでも充分だが、ひと手間掛けておく仕上がりに違いが出る。
プロである祖父母に教えられた庵は、それを欠かさずに料理を作る。
それがいつも明澄が絶賛する理由だった。
「さてと、片付けるか」
「それくらい私がしますよ?」
「いや、座ってて欲しいくらいなんだけど?」
「む。頼ってばかりだと悪いです」
食べ終わって一服したところで庵が皿を手にしようとすると、明澄は立ち上がってそれを制止する。
けれど食洗機に頼るので彼一人で問題ない。
なので、庵が座ってて欲しいというのだが、明澄はあからさまに不満げな顔をした。
「というか、テストが終わって落ち着いてきたので、他にもお手伝いできますよ?」
「うーん」
「最近、仕事が入ったけど、まだ修羅場じゃないし問題ない」
庵が断ると彼女はすっと息を吸い、
「先生のイラストの為なら、家事でもなんでもお手伝いしたいんです」
そう言い始めた。
わざわざ先生などと呼ぶのだから、それなりの意思表示だった。
「今度は私が朱鷺坂さんのお役に立ちますから。ダメですか?」
明澄がじっと見つめるようにして言う。
普段は他人と無闇に絡まない明澄がそうやって申し出るのだから余程のこと。
その気遣いに庵は断れなかった。
「うっ……はぁ、分かった。じゃあ頼んでいいか?」
「では、何をしましょう?」
庵が折れると彼女はニコリと笑う。
もう引き返せないのは言うまでもない。
「風呂を沸かして貰っていいか?」
「お任せ下さい」
明澄は腕まくりしながら、風呂がある洗面所の方へ消えていく。
それを見送ると庵はお皿を片付け始めた。
「あ、しまった!」
だが、その途中であることに気がついて、彼はすぐさま洗面所へ向う。
そして明澄が洗面所の扉を開いたところで事件は起きた。
「きゃあっ!」
「あぶなっ……!」
彼女が洗面所に入ってすぐ目に飛び込んできたのは恐らく下着や服だろう。
それも女性モノ。なんならバニー衣装やスク水まである。
最近、資料として買ったものだが、明澄からすればあるはずの無いものがあったら驚くに決まっている。
それは足がふらついたって仕方がない。
彼女は足を滑らせ後ろに倒れそうになる。
けれども駆け込んできた庵がなんとか明澄を抱き留めると、彼女の髪や服から香る甘い匂いに包まれた。
「な、なんでこんなものがあるんですかっ!」
「いや、それは資料だ!」
抱き留めたせいで目と鼻の先にいた彼女は顔を赤くして庵を追求する。
「そうですか。てっきり彼女さんのかと」
「前にいないって言ったろ。告白云々の話で」
「あ、そうでしたね」
庵が説明すると彼女の怒りというか、追求は静かに引いていった。
どうやら理解してくれたらしい。
「というより、なんでこんなことになってるんですか。この間、片付けたばかりでしょう」
「片付ける時間がな」
「はぁ。分かりました。服も私が洗濯しますから」
「悪い」
忙しさというのは一つの罪なのかもしれない。
量と時間の都合上、放ったらかしになっていた。
また、庵は洗濯物を貯めるタイプで、カゴに堆く積まれている。
見かねた明澄は呆れ半分にため息をついてそう申し出た。
「あ、あと! 早く離して下さいっ! もう大丈夫ですから」
「すまん!」
抱き留めたままだったからずっと密着し続けている。
明澄は頬を赤くながら庵の胸を押した。
庵もこのままの体勢だと男として不味い気がして、直ぐに彼女から離れて謝った。
「でも、ありがとうございました。怪我をしなかったのは朱鷺坂さんのおかけです」
「いや、俺が原因だからな。なので、洗濯お願いします」
「ほんと、仕方ありませんね」
庵が悪いのだから彼女が礼を言うことでもないが、明澄は身体が離れるとぺこりと頭を下げる。
そこは聖女様らしい振る舞いだった。
そして明澄は小さな子供の面倒を見るかのように呟き、衣装などを片付け始めた。
「あ、下着類は後で俺が洗うわ」
「当然ですっ。ほんとあの家事万能だったかんきつ先生はどこにいったんですか」
「見栄は張ったらダメだな」
「ほんとですよ」
流石に自分の下着を明澄に洗わせる訳にはいかない。
彼はそれらを集めていく途中、彼女に小言を言われてしまう。
「ま、抱きとめてくれたのはカッコ良かったですけど」
ただ、ボソッと誰にも聞こえないような声で明澄は独り言を漏らすのだった。
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