第13話 聖女様の連絡先

「水瀬さん! オレと付き合ってくれませんか!」

「すみません。お断りさせていただきます」


 休み明けのテストがすべて終了し、ようやく解き放たれた放課後。


 庵が日直のゴミ捨てをしに中庭にやってくると、明澄が男子生徒に告白されているのを目撃する。

 それでもって、男子生徒は見事に振られていた。


「じゃ、じゃあ! 友達からじゃダメかな? 連絡先だけでも!」

「私は必要以外交換しませんので、ご遠慮させていただきます」

「そこをなんとか!」

「……しつこいですよ?」

「ひっ! ごめんなさい!」


 告白に失敗した後のよくある光景で、連絡先を尋ねたり友達から、と男子生徒は言い出していた。

 ただ笑みを浮かべる明澄に呆気なく断られる。


 それでもどうにか男子生徒も粘っていたが、彼女に睨まれると情けなく敗走していた。

 少し可哀想なくらいだった。


「おーす。またか」

「朱鷺坂さん。見ていらしたんですか?」

「ゴミを捨てに来たからな。嫌でも見える」


 ゴミ捨て場に行くにはどうしても明澄がいる場所を通らなければならない。

 無視をするのも違うので庵はとりあえず声を掛けていた。


「はぁ、全く困ったものです。入学以来断り続けているのに、こうも絶えないとは。私が誰とも交際する意思が無いと分からないのでしょうか」

「そんなもん、男はダメ元でも行くからな」


 明澄はため息を付きうんざりとした表情でそう言う。

 確かに何度も何度も告白の度に呼び出されるのだから、嫌になるもの頷ける。


「なるほど。では朱鷺坂さんもそうなんですか?」

「さてね。俺は告白したことなんてないし、されたことも無いからな」

「意外ですね? てっきりそれなりにご経験があるのかと」


 庵は高校生生活を一年ほど送ってきたが、残念ながらまだ一度も恋愛をしたことがない。

 その事を彼女に伝えると、明澄は首を傾げていた。


 どうしたらそう見えるのだろう。

 クラスでは目立たないし、勉強だって上の中と上の下の辺りを行ったり来たりする程度。


 プロのイラストレーターであることも明かしていないから、自分に魅力を感じる異性がいなくても不思議ではないと思っているのだが。


「お前に俺はどう見えてるんだよ。モテそうに見えるのか?」

「え? だって朱鷺坂さんってそれなりに整った顔立ちをされていますし、女子の間では寡黙でクールだと噂されていますよ?」

「ただの陰キャなんだけどなぁ」


 全く聞いたことがない評価だった。

 奏太以外とはほとんど絡まないので、てっきりよくいる平凡な生徒と思われているのだろうと、庵は思っていた。


 けれども実はそんな風に言われているなんて知りもしなかったから驚きだ。


「あと、沼倉さんと仲がよろしいようで。一部の女子には人気のようですよ」

「うっわ。聞きたくねぇ。それってアレだろ」

「アレですね」

「水瀬も興味あんの?」

「……ないですね」


 庵が思わぬ高評価だったことに加えて、友人とはカップリング的な意味合いで見られてもいるらしい。


 興味本位で明澄に尋ねてみるのだが、何故だか彼女は顔を逸らした。


「目を逸らすなよ。興味あるんじゃねぇか」

「ち、違います! 好奇心です! 知らない世界なのでちょっとクラスメイトにお話を伺っただけですから。というか寧ろ私は……」


 目を背けたことを庵に突っ込まれると、明澄は慌てて釈明する。

 明澄もVTuberをやっているだけあって、サブカル文化、アニメや漫画には詳しいしオタク気質なところはある。


 なんなら庵のことを推しとまで言うのだから、かなりガチである。

 彼女が腐に興味があってもおかしくは無い。


 そして、最後の方にはもごもごと聞こえないくらいの声で何か言っていた。


「まぁ、いいや。というか、あんまり長話しても噂になりそうだ」

「ですね」

「じゃあな」

「あ、少し待ってください」

「なんだ?」


 庵と明澄は学校ではあまり関わらないようにしている。

 けれど、仲良くなってからは人の目がないところは気が緩むのか、たまにこうして話してしまうことがあった。


 だから庵も面倒な事にならない内にゴミを捨てに行こうとするのだが、明澄に引き留められる。

 彼女に引き留められるのは、一体これで何度目だろうか。


「あの、私の連絡先ってTwitterとdiscordしか知らないですよね?」

「あー」

「ではLINEは個人のものを教えておきますね」

「いいのか?」

「なんでダメだと思ったんです?」


 明澄はきょとんとしながらそう口にする。

 今までは、かんきつと京氷菓として仕事用のアカウントで連絡を取り合っていた。


 だから、てっきりこれからもプライベートアカウントの連絡先は教え合うなんて思ってもいなかったのだ。


「だって、さっき必要以外交換しないって言ってたし」

「あなたとは必・要・だからですよ?」

「まぁそう言うなら」

「はい。これです」

「ん」


 明澄がわざわざ強調して言うと、庵は首を縦に振った。


 ゴミ袋の件や大掃除やなにやらと、それから二人の関係においては明澄に主導権がある。

 だから彼女にそう言われてしまっては、受け入れる他ない。


「では、お仕事以外はこちらでやり取りをしましょう。プライベートなやり取りが流出するのも怖いですし」

「おう。分かった」


 そうして、庵は明澄とプライベートな連絡先をあっさりと交換するのだった。

 

 高嶺の花である聖女様の連絡先など、この学校だとオークションにかけられそうな勢いだ。

 なんだか、さっきの男子生徒に申し訳なく思ってしまう。


「ふふふっ」

「なんだか嬉しそうだな」

「連絡先が増えるのってワクワクしませんか?」

「わからんでもない」


 連絡先を交換し終わると、明澄はなにやら小さく声を漏らしながら笑っていた。


 基本的に一定の距離以上は人を寄せつけない彼女でも、連絡先が増えるのは楽しいらしい。

 聖女様と言えど、そういうところは人並みであるよう。


 それから庵は明澄と別れてゴミ捨てに向かった数分後。

 彼女から何故かと一緒に「いつもありがとうございます」と送られてきた。

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