第10話 お悩み相談室 その1

 時刻は午後九時、氷菓、かんきつ、零七によるコラボ配信が始まろうとしていた。

 待機者は既に数千人を超え、流れるコメントの速度もいつもより増していた。


《待機○》《待機まる》《わくわく》《待機。》《待機○》《待機。》《待機まる》《くる?》


 同じようなコメントが流れる中、九時になってから五秒程たった頃。


 ロゴだけの明るい背景から切り替わり、画面には銀髪と薄青の美少女が一人ずつと金髪の青年が映し出された。


「はい、こんうかー。と言うわけで始まりました、K3のお悩み相談室の時間です!」

「「うえーい!」」


《来ちゃ〜》《きちゃ〜》《こんうかー》《きちゃー》《K3久しぶり♪》《こんうか》《きちゃ〜》《こんうかー》


 凛とした綺麗なとてもよく通る声が響くと、配信のコメント欄が一斉に湧き始める。


 その速度たるや目では追いつけないほどの速さで、スパチャなども飛び交っており、三人の人気度合いが伺えた。


「いやぁ、三人で集まるのは久しぶりですね」

「ホント久しぶりのコラボだね、もう二ヶ月くらい前か」

「あ、ママ、ちょっと声が大きいらしいです」

「まじで? マイクの調整がねまだ下手なんよ。俺、配信者じゃないから」

「先生、いつ配信者になるのぉ? ずっと待ってます」

「俺はならないって。絶対事故るし」


 配信は三人の緩いトークから始まった。


 かんきつをママと呼ぶのが氷菓で、先生と呼ぶのが零七だ。

 因みにコラボネームであるK3は「ケースリー」と読み、かなどめ、かんきつ、九重と三人の頭文字から取ってあった。


「パソコンの画面とかメッセが映ると不味いからねぇ。顔とかもね」

「ですね。でも、もうほとんど配信者みたいなものですけど」

「自分のとこじゃやんないだけでな」

「それと、はよ動いてもろて」

「あー、それはね。今、企画進行中。2Dモデルのお披露目どこかのチャンネルでするわ。多分ここになると思うけど」

「ま?」

「あら、楽しみですね」


 庵は一応、VTuberという括りに入るが自身のチャンネルでは配信をしていない。

 イラストの作業や学業があって、週に一、二回コラボするのが限度だった。


 ただ、コラボする度トーク力やリアクションの良さから、よくコラボ先のリスナーや配信者にライバーになれとせがまれるほどの人気っぷりではあったりする。


「まぁ、そろそろお悩み相談に行きましょうか」

「ほいほい」

「新年一発目はエグそうだな」

「ええと、相談者ネームは……」

「?」

「?」


 明澄がお便りを読もうとしたところで、彼女の動きと声が止まる。

 何が起きたのか、一瞬二人やリスナーの脳内に? の文字が浮かぶ。


 そして、


「ちょっと待ってくだ、はっくちゅんっ! す、すみません、ミュートが……!」

「助かる」

「助かる」


 彼女はミュートが出来ないまま、くしゃみをしてしまった。


 明澄は見苦しくならないようミュートにしようとしたが間に合わなかったらしい。

 実に可愛らしいくしゃみを、一万人以上のリスナーに披露してしまう。


 そして、庵と零七は一様にそんなリアクションをしつつ、ニヤッとした声を出していた。


《助かる》《はい、くしゃみ代》《助かる》《可愛い!》《たすかる》《かわいい!》《ボイス助かる》《助かる》《くしゃみ代》《たすかる》


 また、コメント欄には助かるの文字や彼女のくしゃみに対して、大量のスパチャが飛んでいた。

 それは今日一番の速度かもしれない。


 因みに「助かる」とは、一見需要が無さそうなものでも、ある種の需要を見出した時に使われるネタで、VTuber界隈では主にくしゃみに対してよく見られるコメントだ。


 可愛い→癒された!→助かる、といった図式がわかりやすいだろうか。

 そして助かったリスナーによって、赤スパと呼ばれる一万を超えるスーパーチャットまで飛んでくるのがVの世界である。


「風邪には気を付けてよ。インフルとか流行ってるし」

「下校中コートとかマフラー巻いてたらちょっと暑くなっちゃって脱いだからですかね」

「え、今日かなり寒かったけど?」

「わ、私は暑くなったんですっ!」

「まぁまぁ。地域によってはね」


 どうやら、コンビニで出会ったあと、明澄は防寒着を脱いだようで冷えてしまったらしい。


 庵からすると凍えるような寒さだったから、暑くなるというのがあまりピンと来なかった。

 不思議だ。


「と、兎に角、お便りに行きましょう」

「ま、気を取り直してね」

「えーと、相談ネームは『稀代の墓荒らし』さんです」

「相談内容は自首に関することかな?」

「うん、早く出頭してもろて」


 なにやら恥ずかしそうにしながら明澄が話を戻し、名前を読み上げた。

 そして読み上げられた奇抜な名前を二人は揃ってイジる。


 この中で明澄が一番トーク力があると言われているが、庵は前述したようにもちろん、零七も人気ライバーらしくコメントやツッコミ等が上手い。


 適度にリスナーをイジったりすることで盛り上げていく。


「では、相談内容を読みますね」


『皆さん、こんうか。今日は大事なご相談があって、お便りを送らせて頂きました。わたしは今度、結婚することになっているのですが、実は婚約者の浮気が発覚しました。そして、私も浮気をしています。ウチの親も相手の親も怒っていて、結婚式の予定もめちゃくちゃです。キャンセルで損害が出そうです。でも、お腹には恐らく浮気相手の子供がいます。どうしたら上手く収まるでしょうか』


「だそうです」

「これ、パンチ強すぎるだろ。あけましておめでたくねぇよ」

「ある意味おめでただけどねー」

「下手したら墓荒らしより罪重いぞ」

「うん、書いてあること全部クズだもんねぇ」

「これは、酷いですよね……」


《エグくて草》《ガチじゃん》《これもう、JKと絵師に相談する内容じゃねぇぞ》《最低》《終わってる》《最低じゃん》《よく死人が出なかったな》《この世の終わり》《地獄w》


 その内容は、あまりの重さに三人とも絶句しそうになるほど。

 黙ってしまうと放送事故なので、無言になることはないが。


 コメント欄もドン引きと言っていいくらいの反応で、ネガティブなコメントが羅列されていた。


 これはジャブやボディブローなどでは無い。

 新年一発目のお悩み相談室は、ストレート級の威力を宿した相談から始まるのだった。

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