第6話 こんにちは、身バレの元凶

「この度は誠に申し訳ありませんでしたぁぁっ!」


 庵が身バレしてから二日後の朝、そんな慟哭のような叫びが彼の部屋でこだましていた。


 リビングのど真ん中にはスーツ姿の女性が盛大に土下座をしており、庵と明澄が見下ろす形になっている。


 土下座をする女性の名は、千本木せんぼんぎ瑠々るると言い、緩くふわっとした長い茶髪が特徴的だった。

 彼女が明澄のマネージャーであり、庵の身バレの原因となった張本人である。


 事が起きた翌日に庵と明澄が事務所に報告を行い、休日である今日、瑠々が謝罪に訪れていた。

 勿論この後、部屋を片付けさせられることは一切、知らされていない。


「とりあえず、頭を上げて下さい」

「はい……」


 あちらに非があるとはいえ、土下座させっ放しというのは可哀想だ。瑠々には頭を上げてもらうことにした。


 そうすると、彼女は萎縮しつつ本当に申し訳なさそうな表情をしながら面を上げる。


「正直な話、やってくれたなとは思いましたけど、大事にはならなかったのであまり気にはしていません」

「本当……ですか?」

「はい。最初はデスペナルティだろとか水瀬と話したりしましたけどね」

「すみません! すみません! すみませんっ!」


 床に向かって何度も頭を上下させながら瑠々はひたすらに謝り倒す。

 完全に悪いのは彼女だからそうする他ない。


 庵の態度一つで大きな揉め事に発展する可能性さえある状況において、瑠々に出来ることはただ頭を下げるのみであった。

 当然、庵には事を大きくするつもりなどないが。


「社長や上司の方からも謝罪がありましたし、この件は殆ど片付いているようなものなのであまり気にしないで欲しいです」

「分かりました。ご寛大な対応とお心遣いありがとうございます」


 庵がそう伝えると瑠々はもう一度、深々と頭を下げて彼に感謝した。


 彼が簡単に許すのも実は千本木とは面識があったりするのが理由だ。

 それに配信環境や機材の相談にも乗って貰っていたりと、世話になっているからあまり責めたい気持ちにはならない。


 寧ろこの後、部屋の片付けを頼もうとしている身としては申し訳ないくらいだ。


「というわけで、この話はここまでにしましょう。どうせ会社の方で色々あったと思いますし」

「はい。一ヶ月の減給処分になりました……」


 この件に関して相当に堪えたのだろう。

 瑠々は悲痛な面持ちで答えていた。


「とりあえず大事にならなかっただけ良かったです。千本木さんもこれからは気をつけて頂ければそれで」

「本当に土下座だけで許してもらって良いんですか?」

「逆にこれ以上、何をするつもりだったんです?」

「身体くらいは差し出すつもりです」

「やめてください」


 何を言うのだろうかと思えば成人漫画などでしか見ることがないようなセリフを瑠々が口走る。


 無論、そんなことは望んでいないので庵は速攻で断った。

 最早、ふざけているんじゃないかとさえ思うくらいだ。


「ただ、お願いしたいことが無いわけじゃないです」

「やっぱり性的な御奉仕ですか?」

「あんた、ふざけてるだろ!?」

「いえ、ふざけてません!」

「それはそれで困るんですが。まぁいいか。水瀬、そんじゃ後の話は頼むわ」

「はぁ……分かりました」


 堂々と言う瑠々があまりにも本気に見えるので、庵は困ってしまう。

 一体何が彼女にそう思わせるのかは分からないが、とりあえず性的な話から脱却させるべきだろう。


 どうしてか彼女からは良くない匂いがする。そう思った庵は、ここまで様子を見守っていた明澄に丸投げすることにした。


「千本木さん」

「なんでしょうか」

「この部屋、どう思いますか?」

「えっと……個性的だと思います」


 庵からバトンを受けた明澄は瑠々に淡々とそんな質問をする。

 そして彼女から返ってきたのは忖度というか、オブラートに包み過ぎた回答だった。


「多分、配慮されているんだとは思いますけど、それは馬鹿にしているようにしか聞こえないかと……」

「すみません。散らかっていると思います」

「その通りです。つまりですね、千本木さんには今からこの部屋の片付けを手伝って頂きたいのです」

「え?」


 ここまで紆余曲折あったが、瑠々からの正直な回答があってようやく明澄が本題に入った。


 瑠々にとって今日のメインは謝罪して許してもらうことだろうが、それは庵と明澄にとって些細な事でしかない。

 この散らかり放題の部屋をおよそ人が住んでいい場所へと戻す作業が今日の本題なのである。


「どうでしょう? 朱鷺坂さんと話し合った結果、千本木さんに片付けを手伝って頂く事で今回の件を終わらせる、ということになったのですが」

「そ、そんなことで良ければ是非っ! 会社に連絡を入れますので少々お待ちください!」


 二日前、夕食の時間に二人で話したことを明澄が瑠々に告げると、彼女は即答で受け入れた。

 身体を差し出すとまで言う瑠々にとって、部屋の片付けを手伝うくらい、どうということは無いのだろう。


 時間を取ることになるので、彼女はすぐに会社に許可を求めてスマホを取り出していた。


「上司から許可を頂きました。存分に働けとのことです。コキ使って下さい! ボロ雑巾のように!」

「……決まりですね、すぐにでも始めましょう」


 数分ほどすると、上司からの許可も取れたようで瑠々は敬礼してそう伝えてくるのだが、彼女が生き生きとしているのは何故だろうか。


 やはり嫌な想像しか出来ず、庵はそのことを思考から排除する。

 当然のように明澄もスルーしていたから、考えていることは一致しているに違いない。先が思いやられそうだ。


「やっと、この部屋が綺麗になるのか」

「では早速、物を捨てるところから取り掛かりましょう。恐らく半分以上はゴミになりますね」

「え!?」

「え?」

「??」


 ようやく片付けが始められるということで、庵が感慨深そうに言うと、明澄からそんな見解が飛び出す。


 唖然とする庵に対して戸惑う明澄、何も分かっていない瑠々。

 と、三者三様の反応を見せながら、波乱に満ちたお片付けタイムが始まるのだった。

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