第2話 イラストレーター(ママ)とVTuber(娘)

 いつも通りの帰宅のつもりだったのが、どうしてか同級生のお隣さんが待ち構えていた。

 また何か注意されるのかそう身構えた矢先、思わぬ言葉を告げられたのだから驚く他ない。


 まさか身バレしていようとは。

 家族などではなく寄りにもよってお隣さんにである。


「待ってくれ。何の話だ? かんきつってなんのことだ?」


 とりあえず誤魔化すしかない。庵は平静を装ってシラを切ることにした。


「……まぁ、いいです。ここではなんですから下のラウンジに行きましょう」

「あ、ちょ!」


 すでに証拠はあがってるんだ、と刑事ドラマのような振る舞いで、彼女は近くのエレベーターに乗り込んでいく。

 そうなれば庵もついて行くしかなかった。


「さて、この時間は殆ど人も来ませんので隠さなくてもいいですよ、かんきつ先生」

「いや、だから……」


 ラウンジに着くと二人揃ってテーブルに腰掛ける。

 ここは休憩所的なラウンジで、自販機とテーブルが三つあるくらい。確かに人は来なさそうだ。


 しかし、そう簡単に庵も自身の正体を明かす訳には行かない。

 どうにか粘ろうとしたが、次の瞬間には呆気なく諦めることとなった。


「これ、お渡ししますね」

「なんだこれ…………っ!? おい、これって……」

「はい。そういうことです」


 明澄から手渡されたのは折り畳まれた一通の紙。

 中身を確認しようと一行目を読んだところで彼は今までの抵抗が無駄だったことに気付いた。


「やってくれたな、ぷろぐれす」

「それに関してはまた後でお話がありますので」


 庵が手にしたのは大手VTuber事務所ぷろぐれすからの書類だった。

 紙面での宛先は朱鷺坂庵となっており、差出人にはぷろぐれすの社長の名が記してあった。


 それは社長による新年の挨拶状で、読めば一発でイラストレーターかんきつが、朱鷺坂庵であると分かるものだった。


 つまりその挨拶状によってかんきつの正体を明澄に知られた訳だ。

 要するに身バレ。最悪の事態である。

 そして庵はもう一つの事実に気付いた。


「私のママって水瀬、お前もしかして氷菓なのか!?」

「はい。その通りです。私、水瀬明澄は京氷菓として活動する所謂、VTuberの中の人です」

「嘘だろ……」

「嘘じゃないです。これ、私のチャンネルのアカウントのログイン画面です」


 明澄はニコっとしながら堂々と正体をバラす。

 証拠です、と彼女は京氷菓でなくては見られない情報を簡単に差し出してくる。


 氷菓とは性格とか色々違うしまるで別人じゃないか、とは思うもののそんなことを気にしている場合では無い。

 そうして庵はとうとう本当に文字通り頭を抱えるのだった。


「とりあえず、経緯をお話しますね」

「頼む」

「今日、学校から帰宅した私は会社から届いた荷物を開封しました。中身は今度発売される京氷菓のグッズ関連です。その中にあの挨拶状が入っていました」

「そういうことか」


 どうやら氷菓との配信後に話していたグッズのサンプルに紛れていたらしい。

 彼女は今日開封すると言っていたので、庵より先に帰っていた明澄が気付き、今に至るということだろう。


「はい。おそらく私と朱鷺坂さんへ送る際に間違って混入したのでしょう。送り先も部屋が隣ですし、何か勘違いがあったと思われます」

「送ったやつはデスペナルティだろこれ」

「このことを会社が知ったら大慌てでしょうね。情報流出ですから」


 頭を抱え焦る庵とは反対に明澄はとにかく落ち着いていた。

 朝のように冷たい訳でもなく、先程のようにそわそわした様子でもない。

 むしろ、少し嬉しそうにも見えた。


「お前、楽しそうだな」

「すみません。かんきつ先生とお会い出来たと思うとつい」

「そりゃ好みの絵師に会えたら嬉しいか。複雑だな。俺もこんな形で会うことになるとは」

「そうですね、私も事実を知った時は驚きましたけど、でも少し安心したんですよ」

「へぇ」

「これで朱鷺坂さんと距離を置かなくてもいいですから」

「あ、そうだ。なんで俺に冷たいんだ? 学校じゃ聖女様とか言われてるくせに」

「そ、それはすみません。一応、一人暮らしですし隣人には気を使うというか。あと、身バレも怖いですし……」

「そりゃそうか。水瀬って学校で男子に群がられたりするしな」

「そう言うことです。すみません」


 ぺこりと明澄は頭を下げる。

 彼女にも申し訳ないという気持ちがあったらしい。

 一応、声はボイチェンで弄っているだろうが、不安はあるはずだ。

 明澄の身バレは庵とは受けるダメージが違う。絶対にバレる訳にはいかない。


 それに女子高生の一人暮らしなんて怖いことだらけだろう。

 学校では言い寄られることなんて珍しくもない彼女からすれば、隣に住んでいる男子のクラスメイトに不用意に気を許す訳にもいかない。


 庵が同じ立場でもそうするはずだ。

 美少女とは苦労するものなんだな、と彼は同情するのだった。


「とりあえず明日にでも事務所には報告するとして、さて、これからどうするかな」

「どうせなら今から、土曜日にする予定だった打ち合わせでもしますか?」

「適応力高いなお前」

「トラブルには慣れてますので」

「イベントで司会進行、生配信やってるやつの言葉は説得力があるな」


 明澄は毎日のように生で配信しているし、企業の案件やぷろぐれすでのイベントや大会等で、進行や運営に関わっている。

 何があっても放送事故を防ぐ為に対応しなければならない、という場に身を置いている彼女には貫禄があった。


「どうします?」

「……やるか。ちょっと今からじゃ作業に手がつかないだろうし」


 彼女の言うように今からする方が効率的だろう。

 庵は明澄の意見に同意する。


「わかりました。場所はどこにしましょうか?」

「俺の部屋に行くか。人が来ないとはいえいつまでもここで話すのも怖いし」


 隣人だしわざわざ通話しながらも変だろう、そんな風に考えた庵がそう提案した刹那、彼女の表情が強ばった。


「私が距離を置いていた理由を明かした後によくお部屋に誘えますね」

「あ、いや……申し訳ない」


 すっと明澄の目が細められ、責めるような口調でそう言われる。

 しまった、そう思った時には遅かった。


 男を遠ざけている彼女からすると不審に感じただろうし警戒もしただろう。

 あまりにも考えが至らなかったことに庵は後悔する。


「まぁいいです。どうせ朱鷺坂さんの立場で変なことは出来ないでしょうし、一応今までの信頼もありますから」

「悪い今度から気をつける」


 ただ、これまで庵は明澄に他の男子のように近づくことはなかった。

 それにかんきつとして何度も配信をした仲でもある。それなりに人柄も分かっているということで、明澄も許してくれるようだった。


「それにロリコンですしね」

「うるせーよ」


 そんな風に昨夜の配信のネタを持ち出され、揶揄われながら庵は明澄を連れて部屋に向かうのだった。

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