第3話 打ち合わせと聖女様の食生活
「汚いです」
庵の部屋に入ってすぐ明澄からそんな声が漏れる。
彼の部屋の惨状を目にした素直な感想だろう。なにせ室内はかなり散らかっている。
ゴミや服などは片付けられているが、イラストの資料である書類や本、フィギュア、模型などが散乱していた。
そして、人が通る道は整備してあるのがまたなんとも言えないもの悲しさがある。片付けをしていない典型的な部屋だった。
「クリエイターの部屋ってこんなもんだけどな」
「全国のクリエイターの方に謝って下さい」
「ホントだって」
「あと、お掃除ロボットが隅で窮屈そうです」
「ああ、そいつは役立たずだぞ」
「悪い環境だからです。活躍させてあげましょうよ。先生、お料理は出来るのになんでこんな……」
幻滅されただろうか、彼女にため息をつかれてしまう。
庵は普段から料理はするしそれをTwitterに乗せたりしているから、ファンなどからは家事万能と思われていた。
だが、実際は片付けられない人間というのが現実だ。
正確には片付けてもすぐに散らかるし、そもそも片付ける暇が無いというのが実情だった。
「家族からメシだけはちゃんとしろって言われてるからな」
「そうなんですね」
「祖父母が飲食店やってて小さい頃から教えられたし、それが一人暮らしする条件だったんだよ」
「なるほど、だからお料理が上手なんですね」
「あ、洗濯も出来るぞ!」
「朱鷺坂さんは一人暮らしですよね? やって当然なんですが」
誇らしげに言ってみるが明澄に一蹴されてしまった。
優等生の彼女からすれば当然のことだろう。しかし、学生兼イラストレーターが家事を両立させるのは至難なのである。
「まぁ、片付けはしてないけど掃除はしてるから。ホコリはそんなにないと思う」
「無いわけないです。これはいずれ片付けないと。いっそのことお片付け配信でもすれば如何です?」
「辞めておく。だってフォロワーとかファンからは家事が出来るクリエイターって思われてるし」
「しょうもない見栄ですね」
「言ってくれるな」
彼女の言うようにお片付け配信でもしないとそんな機会はやってこないだろうし、庵もどうにかしたいとは思っている。
ただ、ファンから得た地位は手放したくなかった。
そんな彼を明澄はジトっとした目で見やりながら、しょうがない人ですねと一言呟くのだった。
「さて、打ち合わせだけど面と向かって話すのも気まずいだろ。俺は晩御飯を作りながらでもって考えてるんだけど身勝手か?」
「いえ、構いませんよ。私もその方が気兼ねなく話せそうです」
お互いがイラストレーターとその担当VTuberだと判明したばかりで距離感が掴みづらい。
これまで庵と明澄には距離があったし、少し気まずさが残っている。
なので手を動かしながらだったら気も紛らわせられそうだなと考えてのことだった。
「それなら遠慮なく作らせてもらうか」
「因みに何をお作りに?」
「ハンバーグとコーンスープ、ついでにサラダ」
「王道ですね」
気恥しさがあるのはどちらも同じようで、明澄の了解を得ると、早速庵は晩御飯作りに着手し始めた。
「このメニュー、美味いし楽でいいんだよな。手間なのはハンバーグくらいだし」
「他は焼いている間にできますからね」
「そういや水瀬も料理するもんな。氷菓のTwitterでよく見るわ」
「最近は時間が無くて何も出来てないんですけどね」
庵の言うことに同意する明澄だが、顔を逸らしながらそうぽつりと溢した。
どうやらかなり忙しいらしい。
確かにここ一ヶ月ほど氷菓がかなり精力的に活動しているのを庵は知っていた。
年末年始はぷろぐれすでのイベントや企画が目白押しだったし、どこかに手が回らなくなるのも無理はない。
彼女が少し可哀想に思えてくる。
「なんだ、もしかして食生活に困ってるのか」
「お恥ずかしながら。年末年始は忙しかったですし、週明けにはテストもありますから、ちょっと……」
彼女は配信でも家事が出来ると評判で、料理の腕や家事スキルを同僚に褒められているし、学校でもその完璧具合は群を抜いている。
なんでも卒なくこなすイメージだったが流石に時間には勝てなかったらしい。
食事には気を使っている庵でも偶にそうなることがある。時間に追われて疎かになるのは痛いほど理解出来た。
「色々立て込むと辛いよな。俺も締切が近い時は流石にテイクアウトとかするし」
「おにぎりを作ったりしてはいるのですが、それだけなのでバランスは悪いと思います」
明澄は食生活に困っているとは言いつつも、最低限どうにかしようとはしているらしい。
本当に余裕が無い時には、アイスやお菓子類、栄養補助食品くらいで済ませたりする庵からすれば、忙しい中おにぎりを作っているだけでも感心させられる。
同時に明澄が困っているのが目に見えてしまい心配になった。
「じゃあ、ハンバーグでも食うか?」
「え?」
心配をするのと一緒にその言葉は無意識に出ていた。
スープを作っている最中だった手を止め、庵が振り返って言うと明澄はぽかんとしつつ目を瞬かせる。
完全に不意を打たれたという表情をしていた。
「最近まともなやつ食べてないんだろ?」
「ええ、まぁ」
「だったら作るって。どうせ一人分も二人分も変わらん」
「いえ、流石に気が引けます」
普段から料理をする庵はその大切さが身に染みているし、年頃の高校生が忙しくてお米くらいしか食べてないというのは同情する。
明澄は申し訳なさそうに断ろうとするが、庵からすると心配だから食べて欲しいくらいだった。
「ゴミ袋の礼もしてなかったし、気にしなくてもいいんだけどな。嫌なら余計なお世話だって言ってくれ」
「そんなことは無いです! 寧ろ、かんきつ先生の料理は食べてみたいと思ってましたから」
「決まりだな」
差し出がましかったか? と思ったものの、明澄はぶんぶんと首を振って少々食い気味に否定してきた。
単純に気が引けていただけのようだ。となれば庵が憂うこと はもうない。
後は二人分作るだけ。
早速、庵は冷蔵庫からもう一人分の食材を取り出すのだった。
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