第五話


 アリアは……無事に救出されたのだが、この事により行われるはずだった『星空会』はその日は急遽中止となり、後日に延期という形になったのだが……。


「――では、誰の手によって落とされたのかは分からないのだな」

「……はい。ですが――」


 そこでアリアは言いよどむ。


 正直、アリアは「ほぼ確実にシュレインだろう」とは思っているのだが、何せそれを知ったのは『鑑定』の魔法によってだ。コレを『鑑定』の魔法の事を言わずに説明をするのは難しいし、それに「シュレインの意思で行ったのか」という事も分からない。


「大丈夫。何でも言って」


 そう優しく声をかけてくれるキュリオス王子にアリアは小さく頷く。


「ほぉ」

「まぁ」


 そんな二人の様子を国王陛下と王妃様は驚きの表情で見つめる。


 今、アリアがいるのは学校の保健室で、念のためにここに運ばれ、お二人は「事情を聴きたい」と来てくださったのだ。


「……何か?」


 キュリオス王子はそんなお二人に対しニッコリと笑顔で返すと、王妃様は「何でもないわ」と王子に返す。


「……」


 何だろう。お互い笑顔のはずなのに……この異様な緊張感は……。


「コホン」


 国王陛下はそんな二人をたしなめる様に軽く咳ばらいをし、アリアに続きを促した。


「――実は穴に落とされた後。私は魔法を封じられてしまいました」

「ええ。それは報告を受けています」

「ですが、そういった事の出来る魔法道具はそう多くはなく。また一般にも出回ってはおりません」

「ふむ、確かに。そうなると……そうした事が出来る人間はおのずと限られてくるな」


 アリアの話に納得したのか国王陛下は「うんうん」と頷く。


「そういえば、アリアちゃんはどうして一人でいたの?」

「そ、それは……その。実は怪しい人影を見かけたもので……」

「怪しい人影?」

「はい。その人影が『星空会』で使われる魔法道具の近くに見えて……それで」


 多分、あれはシュレインのクリスに対する嫌がせだったとは思う。


 そして、アリアを落とし穴に落としたのも主人公のソフィリアに唆されて……いや、本人としては「主人公のため」と思っての行動だったと考えれば一応筋は通る。


「なるほど。そなたの話は分かった。しかし、学校の伝統行事でよもやこういった事が起きてしまうとは……」

「ええ。非常に残念です」


 悲痛な面持ちのお二人に対し、アリアはどう声をかければいいのか分からない。


「……コレで決定ですね」

「え」


 一体「何が」だろうか。


 アリアは全然話の流れが分からず、思わずキュリオス王子の方を見ると、王子は優しい表情でアリアの方を見て説明をしてくれた。


「今回の一件。実はアリアと似たような報告が別の生徒たちから入ってね。そしてそれがローレンス商会の子息によるものだという事が分かった」


 しかし、それがキュリオス王子の耳に入る頃には既にアリアは穴に落ちていた――という事だったらしい。


「一歩間違えば軽い怪我だけじゃすまない事になっていた。それも含めて彼にはじっくりと事情を聴かないと……ね」


 そう言っているキュリオス王子の表情は……何て言うか「ニヤリ」という効果音が聞こえそうだった。


「……」


 そんな王子に対し、アリアは何も言えずにただただ「その笑顔が怖い」と思う事しか出来なかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 そして、シュレイン・フォーガスは結果として「アリアを殺そうとした」という前世で言うところの「殺人未遂」で逮捕され。


 シュレインは「ソフィリアから自分をイジメる後輩がいる」と相談されて、とにかく感情的に「自分が想いを寄せている相手をイジメるヤツを許さない!」という気持ちだけで今回の一件を行ったと説明した。


 ただ、被害を受けてしかもイジメの事すら初耳だったアリアからしてみれば本当に勘弁して欲しい話でしかない。


 シュレイン本人としては「あくまでソフィリアから相談をされただけで、行動をしたのは自分だ」と言っていたらしいのだが、あまりにも「ちょっと驚かしてやろう」などでは説明が出来ないほどだった事やこれまでの問題行動も含めてソフィリアも同様に捕まったらしい。


 そして、攻略キャラクターたちはそれぞれの婚約者たちから婚約破棄を告げられた後。それぞれの家から廃嫡を言い渡されて国外追放となった様だ。


 どうやら主人公は攻略キャラクターたちの嫉妬心、いや、感情全てまではさすがに読み取れなかったらしい。


 その証拠に、今回の一件はソフィリアの指示ではなく、シュレインが勝手に行った事だった。


 ただ、コレらの話全てが「――らしい」という曖昧な表現なのは、新聞やキュリオス王子。クローズから聞いて知った事だったからである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「――結局。彼女は何がしたかったのかしら?」


 あの『星空会』の一件から一か月ほどが経ち、クローズは何気なくそう口にした。


「……」


 そのクローズの問いに対してアリアは何も言えないのだが、きっと周囲からは彼女の行動はそう見えたのだろう。


「まぁいいわ。もう過ぎた事ですし」


 クローズは今回の一件で随分と逞しくなった様だ。


「そんな事より……」

「はい?」


 不思議そうに首をかしげるアリアに対し、クローズはコソッと耳打ちをする。


「この間の私の話の答え、出そうかしら?」

「……」


 そう尋ねられ、アリアは無言になった。


「正直まだ分かりません。ですが……」

「?」

「ここ最近は、殿下が私以外の方とお話をされているのを見ると……胸がざわつきます」


 素直にそう答えると、クローズは嬉しそうに「あらあら、そうなの」と言う。


「大丈夫よ。案外早くそのざわつきの答えが分かるかも知れないから」

「え?」


 アリアが不思議そうに尋ねると、ちょうどタイミングよく登校したキュリオス王子が楽し気に話す二人に気が付いて挨拶もそこそこに「どうしたの?」と言いたそうな表情で二人を交互に見る。


「いいえ。女性同士の内緒話ですわ」

「えぇ、僕も入れてよ」

「コレは女性同士の話。男子禁制でしてよ」


 そう言いつつ「ねぇ?」と尋ねる様にアリアの方を見るクローズに対し、アリアも「はい」と答える。


「えぇ、気になるよ」


 そう言って少し不貞腐れた様子のキュリオス王子に対し、クローズとアリアはそんな王子の様子を見て「ふふ」とお互い思わず笑ってしまった。


 そんな前世とは少し違うところはあるけど、それでも楽しい穏やかな日々がアリアにようやく訪れていた――。

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