第6話


弥生と別れた数日後、僕が放課後学校に残ってしていた自習を終わらせて帰ろうとしていたときに健から連絡があった。


「弥生ちゃんっていただろ?

その、色々あったからさ、お前にも言われた通りにちゃんとした付き合いをしてこうと思ってたんだけど。…向こうから断られたよ」


「…は?どういうことだそれ、ちゃんと説明してくれ」


あれから弥生は学校に来ていない。てっきり新しい彼氏である健に慰めてもらっているかと思っていたから特段気にはなっていなかったが、その健からこの連絡。

突然の知らせは理解を超えていて僕をとても困惑させた。


「いや、俺もよくわかんないけど、急にもう関わる気はないって電話がきて。それでそのときの弥生ちゃんの雰囲気がなんかヤバかったんだよ」


「ヤバかった…?どういうことだそれ?」


「…なんつうか……吹っ切れた、とでも言えばいいのか?電話先の声はすげぇ楽しそうだったんだよ。そんでわけを聞こうにも俺の話は聞いちゃいないって感じでなんか、不気味だったんだよ。

…お前少し気をつけたほうがいいと思うぜ

あ、悪ぃもう切るわ!」


「えっ!ちょっと待てまだ聞きたいことが!」


電話はもう切れていて僕は少しイラッとしたがすぐ健の言っていたことのほうが気になった。吹っ切れた様子、それに気をつけろとはどういうことだろう。考えてもわからない疑問ばかりでなんだか気分が悪くなった。

だが、その疑問はすぐ解消することになる。


外はすっかり夕焼けに染められていて、綺麗だけどどこか不気味に思えて帰路を焦ってしまいたくなった僕は下駄箱に向かっていた。

まだ校舎に人はいるのだが、ふとした瞬間の静けさは恐ろしいもので酷く孤独感を感じる。僕が自分の靴に指を掛けたときだった。


「司くん」


肩がびくりとした。声のした方を見ると、

夕焼けを背に長い髪を揺らした弥生がいた。


「や、弥生。どうして…」


さっきのことがチラついて弥生に対して少し身構えてしまう。


「どうしてって、ほら少し学校休んでたでしょ?来れるようになったから休んでた間の

プリントとかもらいに来た、から?」


僕の質問の意図がわからない弥生は答えに疑問符を付けた。それもそうだろう僕だっていきなりこんな質問されたら同じようにたどたどしく答える。


「ああ、いや深い意味はないんだ。

変なこと聞いてごめん。それじゃ僕は帰るよ」


「待って」


弥生の横を通ろうとした僕だったが、袖を掴まれるて彼女に呼び止められてしまった。


「な、なに?」


彼女のな威圧感、と呼ぶべきもののせいなのかはわからないが不思議と声が上擦ってしまった。健の言っていた通り今の弥生はなんだか別人のように思える。


「私、健君のことフッタの。ひょっとしてもう知ってたりするのかな?」


「うん、すでに健から聞いてるよ」


弥生は僕の言葉を聞いて背後から正面へするりと蛇のように移動する。まるでどんどん絡め取られ、締め付けられているかのような圧迫感を感じる。


「健君って意外とおしゃべりさんなんだね」


顔を近づけて囁かれた言葉は好意的な声色だったが苛立ちも隠れてはいなかった。


「そ、そうかもしれないね急いでるから話すならまた今度ゆっくり話そうそれじゃあ!」


今の弥生は少し恐ろしい、そんな彼女から僕は離れたかったのでまた帰ろうと視線を外へ向けたのだが。


ドンッ!


視界は弥生の腕で塞がれてしまった。

所謂ところの壁ドンというやつだ。


「私、自分からは気持ちを伝える資格はないってちゃんとわかってる。浮気しといて復縁を迫るなんて図々しいでしょ?でも、司…あなたを諦められない。我儘だって思われてもしょうがないよね」


きっと耳元で囁いている彼女は笑っている。


「だから、司の方から私を求めてもらうことにした。私からまた懇願することはしない。壊れたものを直したとしてもそれには必ず綻びがあると思う。私はすでに終わった関係をやり直すのじゃなくて、また新しく始めたいの。これからは"友達"として仲良くしてね、司」


ほら、やっぱり笑ってた。気分としては蛇に睨まれた蛙のようだったが、差し出された手を握るしか僕にはできなかった。


「じゃあ私行くから。また明日ね!」


そう言って校舎の奥へ行く弥生の後ろ姿は以前の彼女とはやはり変わっている気がした。

帰路の途中、僕はどっと押し寄せた疲労に思わず夕焼けにもたれ込んでしまった。

彼女を変えてしまったのは僕なのだろうか。それとも彼女自身が変わったのか。結果としては良いことなのか。僕はどうしようもない不安を夕焼けの不気味さにまとめて溶かした。

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