第5話

私は手の中にある彼からもらった

ネックレスをただ眺めていた。

可愛らしいハートのネックレス。彼が私を

想って、くれたもの。今の私にはこれを

着ける資格なんてないだろう。

私は薄情で、簡単に好きな人を裏切って嘘をついた。手放してから大切さを思い出す

愚かな自分が嫌になった。全部私のせい。

何もかもやり直せたらいいのに。

彼から最後にもらったネックレスは嫌でも

煌びやかに思える過去を写した。



春からの新生活に私は戸惑っていた。今までの友達は一人もいないし、見る人は誰も彼も

全然知らない。周りの大人だってそう。

私は一人だった。誰ともうまく接せられず、

クラスにもうまく馴染めずにいた。

つまらなくてただ時間を浪費するだけの

色すらない日常の連続が私は怖かった。


でもある日、いつもみたいに静かに図書室にで本を読んでいたら彼が現れた。

本を選ぶ彼の姿を見たとき心臓が飛び跳ねた。わけのわからない早い鼓動に

困惑しながらも視線は彼に釘付けだった。

そんな私に気づいた彼は私に

向かってにこりと微笑み手を振ってくれた。


「えっと、もしかしてさっきから僕のこと

見てるのかな?」


彼はキョロキョロと周りを見回してから私に話しかけてくれた。図書室には彼の他には私しかいない。当然違いますと答えられる筈もなかった。


「あ、あのごめんなさい。ち、ちが、違くて

その、あの、えと…ごめんなさい」


私はしどろもどろになり過ぎて不審としか言いようのない見事な醜態を晒した。


「あぁごめん。怒っているわけじゃないんだ。謝らなくて大丈夫だよ」


「あ、えと、図書室にはあんまり人が来ない

から珍しいなって、それで…」


本当に酷い、会話に不慣れなんて段階じゃない。目も合わせて話せない自分が情け

なかった。きっと彼だって呆れてしまった筈だと思った。


「そうなんだ。そんな狭くもないのに不思議

だな…。よかったら名前を教えてもらってもいい?」


「えっ!?

あ、あの、柊 …弥生です…」


「柊さんか。あ、ごめん!人に名を聞くときは自分からっていうよね。僕は桐谷 司、

よろしく」


私は彼が足早にこの図書室を出ていって

しまうだろうと思ってた、私が原因で。

でも彼はしなかった。

予想もしてなかった差し出された手に、

私は固まってしまった。


「あ、女の子はいきなり握手なんてしたくないよね、気付くのが遅れたよ。

柊さんは、本が好きなの?」


「は、はい!本は好きです。読んでいる間は

自分以外にもなれるし、知らないことだって知れる。なにより没頭できるんです。

現実と違った世界を体験させてくれるから、だから私、本が大好きなんです」


彼の少しだけ驚いた顔を見て、自分がまた

失敗したことを理解した。

ちょっと聞かれただけなのに何を熱弁して

いたのだろうと、一気に頭が冷えていくのが

わかった。そして私の心は今度こそ彼は苦笑いを浮かべ足早に図書室から出ていくんだろうな、なんてどこか達観していた。


「…柊さんは、本当に本が好きなんだね。

どんなのをよく読むのか、よかったら教えてくれる?」


彼はまた優しく微笑んで私との会話を

続けた。

初めてだった。私と話しても直ぐに愛想笑いで去っていかない人は。私との短い会話の後は友達のところに戻ってヒソヒソと私を

見ながら何かを話す。皆そうだった。

だけど彼はそんな私とまだ話す気でいてくれている。嬉しかった。


それからも彼はよく図書室に来て私と話してくれたり、学校の中で会うと毎回挨拶だってしてくれた。平行に続いてく時間を彼は変えてくれた、綺麗な色をつけた。

そんな彼に私は明確な好意を抱いていった。今にして思えば出会った瞬間には既に

一目惚れしていたのかもしれない。


進展のない彼との関係。だけど気持ちは

どんどん強くなる一方で止められなかった。


「あ、あの、私と…付き合って!

…くだ…さい…」


私は彼を放課後に呼び出し気持ちを

告白した。

もし断られたらと思うと、もしそれで彼が

図書室に来なくなったらと思うととても

怖かった。それでも想いを伝えられずには

いられなかった。

だから彼の答えを聞いたときは本当に

嬉しかった。


彼は私を変えてくれた。

今までは誰も私なんか見向きすらしなかったのに、気がつけばみんなが私を見るようになっていた。それで自信がついていって人とよく話せるようにもなった。そして私の周りに人が増えれば増えるほど、

段々と彼のことを大切に想う気持ちを忘れていった。今にして思えばなんてことをしたんだろう。


私は調子に乗ってた。いつもそばにいる彼の優しさを当たり前に感じ、自分が特別であると自惚れていた。

だから浮気も軽い気持ちだった。

彼から別れを告げられるまで、私は彼が

離れることはないと思っていた。

取り返しのつかないことをした自覚すら

なかった過去の私を殺してしまいたい。


ねぇ司、もう一度貴方に触れたい。でも、私からじゃ駄目。司からじゃないと私は私を許せないから。

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