第4話
「知っているんだ、君が健と寝たことをね」
僕の一言を聞いた瞬間、顔をあげた弥生の目は動揺に染められた。
「な、なんで…そのことを」
「聞いたんだよ。健本人の口からね」
僕の言葉を聞いた弥生は一瞬、ほんの少しだが表情が変わった気がしたが、気のせいだろうか。
「司は、いつから知っていたの?」
「一ヶ月前ぐらいだよ。健と二人揃って怪我だらけの日があっただろう?そのときさ」
彼女は自分の隠していたことがそんなにも
前から知られているとは思っていなかった
ようで、彼女の動揺はさらに大きくなったように見えた。
「どうしてそんな前から知っていたのに何も言わなかったの?それに今日のデートは?
どういうことなの」
「僕が弥生にとっての彼氏ではなくなったのは
いつかわからないし、それについてはとても悲しかったよ。でも君が他に靡いてしまったのは僕の力不足。だからこそ君にもう一度認められるよう、この一ヶ月努力したつもりだ」
言わずにおいた考えをスラスラと話し
一呼吸置いてから、さらに続ける。
「弥生、もう僕には君の彼氏でいることは
できない。僕じゃあ君を退屈させてしまう。
君を失望させる情けないやつなんだよ」
「違う、違うの…。そんなことない、司はこれ
以上ないってくらいの彼氏に決まってる。
退屈なんてしてない、今まで一度だって失望なんてしたことないよ!」
弥生は力強く僕の発言を否定した。
「健君とはあれっきり何もない。彼にはこれっぽっちも惹かれてないの」
「それじゃ弥生、君は少しも惹かれてもない男と寝たっていうのかい?」
思わず出てしまった困惑の言葉にしまった、なんてもう遅い。
僕は弥生が誰かれ構わず寝るような女の子
ではないからこそ今更こんなことになってる
ことを今一度思い出した。
もしそうだったのなら僕と弥生との関係は
ずっと前に終わっていた筈だ。
始めから軽い気持ち、関係じゃないから
別れると簡単に言えなかった。彼女は僕に
とって手離したくない大切な人だと。
「そうじゃない!
そうじゃないの一番は司、司なのお願い
信じて!あれは調子に乗ってただけ。私人生で初めて誘いなんてされたからうっかり
流されただけなの。だから一番はずっと司
だけ、ずっとずっと、これまでもそうだったしこれからも変わらない。もう二度とあんなことはしないから!私には司しかいないの…
お願い」
弥生はボロボロと大粒の涙を流していた。
こんな彼女は見たことがなかったから
なんだか呆気にとられてしまう。
ゆっくりと、優しく僕は彼女を抱き寄せる。
あぁ、このまま以前と同じように弥生を
愛せたらどれほどよかっただろう。
もしこのままこれまでのように彼女を
愛したとしてもその気持ちには一滴の
曇りが、濁りがあるのだ。それはやがては
馴染むだろう。だが確かにそれは不純物で、
愛を変えて、蝕むには十分だ。
「弥生、それはできない。僕にはもう君を信じることができないんだ。
…この一年、君といられてよかった。
君を知られて、君のいろんな顔を見れた。
僕は確かに君を愛していた。でも、これで
最後にしよう」
僕の頭の中では弥生との思い出が錯綜していた。ただ、彼女を抱きしめる。
強く、強く抱きしめる。
これで最後なのだから。
「…僕は少し、外に行ってくるよ。
だいたい10分くらいかな。僕が戻るまでには弥生も帰るんだ、いいね?」
そう言って彼女を抱きしめていた腕を解き立ち上がる。扉を開けようとドアノブに手をかけると、何かが後ろから僕を包んだ。
今度は、弥生が僕を抱きしめていた。
「…駄目じゃないか、もう終わりにするって、別れるって言っただろう?」
僕の声は震えていたし、短い言葉を言い切る前に視界は歪んでいた。今日は泣かないと決めていたのに、かっこいい男であると決めていたのに涙は勝手にこぼれていた。
僕の背中で嗚咽を漏らしながらイヤイヤと首を振る弥生は子供みたいだった。
「さようなら、弥生」
彼女の抱擁を脱して僕は外へ走った。
思い出に蓋をするように、決して忘れることはできない幸せと悲しさを忘れたくて
無我夢中で走った。
こうして、僕の初めての交際は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます