第3話 発覚


ことの発端は僕の親友

岡崎 健 (おかざき たける)からの

メッセージ。


あの日は弥生との約束もこれといった用事もない休日で、僕は出されていた課題も終わらせ手持ち無沙汰で天井をただ眺めていたときだった。

机の端に追いやられていたスマホが不意に

震える。画面を軽く触ると健からの

メッセージであることがわかり、気になった

僕は直ぐに確認した。


内容としては健が新しい女の子と"アソビはじめた"というものだった。

健がとても異性に対して積極的な男なのも、その相手がころころと変わることも知っていた。だから今度もそんなとこだろうと思ったし案の定メッセージの次には目だけを隠した女の写真が送られてきた。

僕は勝手に事後写真と呼んでいる。

それだけなら彼のいつもの暇つぶし報告、それだけで済んでいただろう。

だが写真の"獲物"に僕はどこか見覚えがあるのに気づいた。

そう、あろうことかその"獲物"は弥生に似ていた。最初は見間違いだと、そんなわけないとも思った。僕は必死になって写真の女が弥生ではない理由を探した。何も見過ごすまいと、何も間違えるわけにはいかないと。

だが、写真を見れば見るほど彼女に、弥生に似ているとしか思えなくなってくる。


僕は震える指で健に電話をかけた。

数コールの後に電話にでた彼はいつものように親しく話していたが僕が今から

会えるかい?と聞くと何か感じ取ったのだろう。

彼は真剣な声色でどうした?と、それに対して僕はただいつもの公園で待っているとだけ

返し電話を終わらせ何も持たずに公園へ走り出した。今思えばあのとき既に僕は冷静ではなかったのかもしれない。


公園には自分以外誰もいなかった。

時間を考えれば当然だ。子供たちが元気に

遊ぶには少々遅すぎる。

僕は健が来るまでの間ベンチに座ることにしたが気分が落ち着くことはなかった。

いつまでも整わない呼吸、頬を掠める風、

心の不規則な緩急に嫌な汗。

それらどれもがとてつもない不快感を生む。

どれだけ考えたところで最後には余裕のなさからくる激しい憤りにかき消される。


答えが塗り潰された迷路みたいにどうしようもないものをどうにかしようと一人

考えていると、健がこちらへ来ているのが

見えた。


健は思っていたよりずっと早く公園に来たがそれでも僕には遅すぎたぐらいだった。


「それで?公園に呼びつけたんだ、何か用があるんだろ?」


「たった一つ、質問に答えてくれるだけでいいんだ」


「今日君が送り付けた写真の女の子は、

柊 弥生…で合っているかい?」


これでもし全て他人の空似、ということなら僕の日常にはなんの変化も起きずに済む。それでいいじゃないか、なんの問題がある?頼む、頼むからその口から否定の

言葉を発してくれ、なんて僕の必死の祈りは無意味でしかなかった。


健は僕の目をじっと見ながらただ「ああ、その娘で合ってる」とだけ答え、それを聞いた僕は彼に向かって駆け出した。


そこから先のことは覚えていない。

しかし以外だったのは僕は以外とすぐに手が出る、お世辞にもできた人間ではなかったということだ。自分ではいっちょ前に大人に

なったつもりだったがまだまだ遠いなんて思ってしまう。


散々殴り合った後で二人して倒れながら

話し合った結果、健は故意に弥生を寝取った

わけではないことがわかった。

彼のポリシーには彼氏持ちの女の子は

抱くことはないといったものがあるようだ。


理由は単純で彼自身もまた、彼女を寝取られたことがありそれ以来彼は女の子を寝取る

ような下衆にだけは絶対ならないことを決意していたそうだ。


僕は健に彼女ができたことを話しはしたが、それが誰であるかは話していなかった。

それがこんな形で浮き出てくるとは予想も

していなかった。

ほんの些細な情報が一つ抜けていただけで

こんなにも凄惨なことになるなんて

まさにバタフライ・エフェクトの例として

打って付けかもな、なんてのは自傷混じりの皮肉にもなりはしない。


途中から涙を流しながら誠心誠意、謝罪を

する健の様子を見れば気持ちは確かに

伝わった。


しかしてならばなぜそんなポリシーをもつ

健は結果として弥生を

寝取ったということになってしまったのか。

知っていたのならば手を引くことも当然

できただろう。

だがもし、健が"知っていなかった"のならば

どうだろうか。


それについて質問したらこの一件の全てが

わかった。


健は女の子を取っかえ引っ変えして遊ぶ人間ではあるが基本的には良い奴だ。当然彼氏の有無は確認はした。


そこで弥生は彼氏はいないと、

今交際している相手はいないとそう答えた

そうだ。それを聞いた僕は今度は彼女に

対して怒りを爆発させる、

なんてことはなかった。

僕の中にあったのはただの無力感それだけ

だった。

僕という男はもう弥生にとっては彼氏ですらなかったのだ。こんな情けないことがあるだろうか。


「僕は弥生のこと諦めることにするよ。

彼女にとってもそれがいいだろうし、何より彼女もそれを望んでるのだからね」


僕の言葉を聞いた健は一瞬驚いた顔をしたがすぐに申し訳なさそうな顔になる。


「…弥生のこと、ちゃんと責任取るつもりはあるんだろう?」


「あ、ああそれはもちろんだ。

…ただ、それは向こうからきたらの話だけどな」


「…?それならもう言うことは無いよ。

今日はすまなかった。君をとことん殴ってしまったからね」


「元はと言えば俺のせいなんだから

謝んなよ。それに俺だって司のこと殴ってんだから、プラマイゼロどころか俺のがマイナスだ」


「立てるかい?手、貸すよ」


「ああ、大丈夫だ。それにしてもお前強すぎだぞ、帰宅部だろうが」


「はは、言い過ぎだって」


「いや本当に痛てぇ。特ににブローがまだ響いてるわ」


というのが一ヶ月前の出来事だ。

僕はあの日から弥生と別れるのを決めていた。ただ、最後くらいはかっこいい彼氏でありたいじゃないか。だから僕は今日の遊園地デートを最高のものとし最後にしようと

考えたのだ。


弥生に彼氏としての僕を思い出してもらうように、せめていつまでもいい男だったと彼女の中であり続けられるように。

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