第2話


「……え?」


僕の言葉を聞いた弥生は何が何だかわからないといった様子だった。


「ご、ごめん、なんか聞き間違えちゃったみたい。アハハ…」


「別れよう、僕たち」


自分の口からはあれだけ躊躇した一度目と違ってスラスラと言葉が出た。そして、

驚くほど一度目とまったく同じようでどこまでも機械的に感じられた。


「な、なんで急にそうなこと言うの?」


「今日は最高のデートだったでしょ?それともそう思ってるのは私だけなの?」


聞き間違えではないことがわかったのだろうが、今度は理解できないといった風だ。


「違うよ、今日は最高のデートだった。それは僕だって同じさ」


今の僕には彼女がとても儚い存在に思える。ガラス細工みたいに壊れやすく、消えそうな蝋燭の火のように不安定な。

だから、優しく、ゆっくりとまさにガラスを触るみたいに弥生に同意する。


「じゃ、じゃあなおさらなんでだっていうのよ!?ねぇなんで!なんでよ!!!」


突然掴みかかっきた彼女に僕は何もできずに窓に強く背中を打ち付けてしまいその拍子に小さく「うっ」と呻き声が出た。


「あ、ああ…ごめ、ごめんなさい私そんなつもりじゃ…」


「大丈夫、大丈夫だよこれくらい。ほら、落ち着いて…ね?」


弥生の背中をトントンと叩きながらどうにか落ち着かせようとする。


「私、私本当に…… ごめんなさい…痛かったよね?」


「気にすることはないよ。それよりほら、もう一周してしまうみたいだ。このハンカチで涙を拭いて」


「うん…」


「後は帰りながら話そう」


「うん……」



帰りながら話そうと言ってはみたものの結局僕の家に着くまで僕たちは互いに一言も話さなかった。

僕の部屋に着いてからもしばらくは何も話さなかったが、重苦しい沈黙を先に破ったのは弥生の方だった。


「…なんで別れるなんて…」


彼女のぽつりと零した一言は最後までは発せられなかったが、僕には

それでも十分わかった。

"なんで別れるなんて言うのか"といった具合だろう。


「私のことが嫌いになったの?」


「違うよ」


「じゃあなんで?なんでなの司…」


弥生は遂に抑えられなくなったのか泣き始めてしまった。


「なにか私の悪いところがあったなら直すし

これからはもっといい彼女になるよう努力する。だから教えて…何か言ってよ。

言ってくれなきゃ何もわからないよ」


そう言いながら弥生は僕の手を取った。

僕の手に重ねられた彼女の両手は、いや…彼女の身体全体が微かに震えていた。

縋り付くように見えるそれは、まるで何かに祈ってるようにすら見えた。


「弥生」


優しく肩に手を置き弥生に話しかけると彼女は大きくびくり震えた。


「顔を上げて」


「僕は知ってるんだ」


「何を…?」


「君が















健と寝たことをね」


しんと静まり返った部屋に僕の声だけがよく響いた。

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