第16話

 「間もなく開演致します。ロビーへおいでの方は席へお戻りください。」


 アナウンスが聞こえた。


 「行きますか」


 「そうですねっ」


 次は最後の曲、『オーボエ協奏曲』だ。


 ブーとブザー音がなると、間もなくしてオーボエを持ち、きらびやかなドレスに身を包んだ女性が現れた。上品にお辞儀をしたその女性は指揮者と目配せをした。


 指揮者が棒を振ると弦楽器の音が流れるように聞こえてくる。とてもモーツァルトらしい美しい旋律だ。聞き惚れていると、満を持してオーボエが音を奏でる。その澄んだ音色はホール中を包み込み、観客をオーボエの世界へと引き込む。


 第一楽章も終盤に入り、※カデンツァが始まった。この広い空間にオーボエの音だけが鳴り響く。オーボエ奏者は歌いたいように歌う。観客の心はそれに賛同する。固唾を飲み、演奏に集中する。そして弦楽器が加わり、そのまま第一楽章が終わった。



 落ち着いた雰囲気の第二楽章が始まる。オーボエは先程とは打って代わり切ない音を奏でる。第二楽章にもカデンツァがあり、高音から低音まで自由に踊っている。ロングトーンが実に美しい。


 第二楽章の余韻が残る中、弾むような第三楽章が幕を開ける。ソリストも伴奏のオーケストラも皆、音が生き生きとしている。この楽章のカデンツァは生命力が溢れていながら、繊細で思わず息をするのを忘れる。そして第三楽章の主題を再び想起させ、華やかに幕を閉じた。


 会場全体から拍手が響き渡る。拍手が鳴り止まない中、ソリストは何度もお辞儀をする。どこからとも無く「ブラボー」と聞こえる。


 ふと横を見ると、一生懸命に手を叩く音葉さんの涙が頬を伝っていた。


 「素晴らしかったですね」


 声が掻き消されそうな中そう言うと、


 「はい。」


 と震えた声が返ってきた。


 一度鳴り始めた称賛の拍手は、しばらく鳴り止むことはなかった。



※カデンツァ・・・独奏楽器や独唱者がオーケストラの伴奏を伴わずに自由に即興的な演奏・歌唱をする部分のこと。

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