第15話

 彼女は来るだろうか。


 時計の針が5時を回ろうとしていた時、改札から出てきた女性に目が止まった。


 「音葉さ、、、人違いか。」


 すると、


 「、、、イツキさん」


 振り向くとそこには音葉さんが立っていた。


 「音葉さん。来てくれたんですね」


 音葉さんは気恥しそうに頬を赤らめ、髪を耳にかける。


 「イツキさんに迷惑をかけるのは嫌なので。」


 「音葉さんは優しいですね」


 「そんなことないです。早く行きますよっ」


 本当に来てくれて良かった。通りすがりの人にチケットを買ってもらわなくて済んだからではない。音葉さんが来てくれたことが心の底から嬉しいのだ。


 コンサートホールに入り、指定された座席に座る。間もなくブーというブザーがなり、辺りが暗くなった。※コンサートマスターから順にオーケストラメンバーが舞台に上がる。会場全体から雨のような拍手が舞台に降り注ぐ。その後、指揮者が姿を現し、全員で深々とお辞儀をした。なぜか俺も会釈をしそうになる。


 そして一気に静寂が訪れ、指揮棒が動き出すと同時にバイオリンの音が身体にスっと入ってくる。心地よい雰囲気に包まれていく。


 3曲の演奏が終わり、15分間の休憩になった。


 「外行きますか?」


 「はいっ行きましょう」


 俺たちはホールの扉の側で立っていた。


 「クラシックって良いですね」


 「そうでしょっ!私もクラシックたまらなく好きなんですよ〜」


 「知ってますよ。」


 「なんで知ってるんですか?」


 「なんでも知ってるんですよ」


 「何それ〜」


 俺は音葉さんの全てを知っているわけではな

い。でも、音楽が好きなことだけは痛いほど分かっていた。


 「間もなく開演致します。ロビーへおいでの方は席へお戻りください。」


 アナウンスが聞こえた。


 「行きますか」


 「そうですねっ」



※コンサートマスター・・・オーケストラ楽員中の首席演奏者。普通は第一バイオリン部の首席奏者。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る