第3楽章 音葉の苦悩

第12話

 翌朝、俺は「音葉さんに会えないかもしれない」そんな根拠の無い不安に襲われながらも散歩へ出掛けた。


 すると、前から音葉さんが歩いてきた。


 「音葉さん!」


 「あ!イツキさん!昨日はありがとうございました。とっても楽しかったですっ」


 「俺も楽しかったです」


 そして、音葉さんの顔を見た時に思い出したことがあった。昨日のポスターを見つめる音葉さんの顔だ。今朝もどこかあの時に似た顔をしていた。そして俺は咄嗟とっさ


 「あの、音葉さん。今度オーボエ聞きに行きませんか?」


 と言った。俺は何を言っているんだ。


 「、、、、、」


 しばらくフリーズした後、音葉さんは怒りと悲しみが混ざったような顔をして、


 「ごめんなさい。行きたくないです」


 と低く強い声で言った。


 呆然としている僕を背に音葉さんは歩いて行く。音葉さんが行ってしまう。このままでいいのだろうか。何をすべきだろうか。そう考える間に口が動いていた。


 「音葉さん!」


 音葉さんは前を向いたまま立ち止まった。


 「俺、チケット買っておきますから!明後日の夕方5時!上野に来てください!!」


 音葉さんは何も言わずに歩き出した。俺はその背中が見えなくなるまで見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る