第9話

 「じゃあ行きましょっか。私、地図見てきたので任せてくださいっ」


 新芽が出始めた銀杏いちょう並木をしばらく歩くと、目的の美術館が見えてきた。


 「あっ、あそこですか?」


 絵を見るのは高校生ぶりだ。やはり恐さもある。でも、ここまで来たんだ。せめて一枚だけでも見て帰ろう。


 「地図で見たところだ!」


 「ところでチケットって買えますかね?」


 「当日券あるってウェブサイトに書いてました!」


 「なら良かったです」


 券売所でチケットを二人分買う。これもまた割り勘だ。


 俺たちは展覧会場に入り、一枚目の絵と対面する。あの時見たタッチ、あの時見た色使い。自分の中に仕舞しまっていた記憶が一気によみがえる。ぶわぁっと感情があふれそうになる。静寂に包まれている会場にゴッホの音が轟々ごうごうと鳴り響く。


 「凄いですね」


 水面にしずくを落としたように音葉さんの声が澄み渡る。


 「でも、こんな『ひまわり』初めて見ました。」


 「これは『二本の切ったひまわり』という作品です。よく知られている花瓶に刺さっている『ひまわり』とは印象が違うのかもしれませんね」


 「へぇ〜詳しいですね。やっぱり絵大好きなんですね」


 そうだ。俺はどこまで行っても絵が好きで好きで堪らないのだ。だから美大受験に挫折して、そこから永遠に立ち直れないのだ。


 「あ!あの『ひまわり』は知ってます」


 「あれは『15輪のひまわり』。多分音葉さんがテレビ番組などで見ていたものです。ゴッホはこの『15輪のひまわり』とほとんど同じものをあと二枚描いているんですよ」


 「へぇ〜でも同じとはいえ、それぞれに違った良さがありそうですねっ」


 「さすが音葉さん。そういうことです」


 「じゃあいつか、全部の『ひまわり』観に行きましょ!」


 「え、世界中の美術館に行かなきゃですよ?」


 「受けて立とうじゃないですかっ」


 「わかりました。お供しますよ」


 そんな事を言いながら歩いていると、ある一枚の絵の前に来た。

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