第5話

 そして、彼女と散歩道で会うことが習慣になって数日が経った頃、音葉さんから一番答えたくない質問が飛んできた。


 「イツキさんってお仕事は何されているんですか?」


 「あ、えぇと、、それは、、」


 「それは、?」


 本当に答えたくなかった。嘘をついてしまおうかとも考えた。しかし、音葉さんを欺くことは俺には出来なかった。


 「えぇと、仕事はしていないんです。」


 「あ、そんなんですね〜」


 「え、引かないんですか?」


 「引かないですよ〜、なんなら私も無職ですからっ」


 「そんなんですか!?」


 「ふふっ、そうですよ」


 音葉さんのことをよく知っているわけではなかったが、なぜかとても意外に思えた。


 「私、本当は音大に行きたかったんですよ」


 「行かなかったんですか?」


 「はい。行けなかった、と言った方が正しいかもしれませんが。」


 「私、オーボエという楽器をやってて、本当に楽器を吹くことが大好きだったんです。でも、高校二年生の時に、肺の病気が判って、激しい呼吸が出来なくなってしまったんです。だから諦めなきゃいけなくて。」


 「そうなんですね」


 「ごめんなさい、興味なかったですよね。」


 「いや、少し俺と似ているなと思って。」


 「似てる?」


 「実は俺、美大目指してたんですよ。」


 「そうなんですか!」


 「小さい頃、知り合いにチケットを貰って、ゴッホの絵を見に行ったんです。そこで彼の色使いや、力強いタッチに完全に惹かれて、油絵を始めたんです。」


 そして俺は続けた。


 「でも、美大受験の一ヶ月前、突然思うように絵が描けなくなったんです。はっきりとした原因はわかりませんが、焦っていたのかもしれません。それで結局、勇気が出なくて、受験をすることすら出来ませんでした。」


 「そうだったんですね、イツキさんも私と同じように辛い思いをされてきたんですね。」


 俺はこの時、音葉さんに物凄い親近感を感じた。


  「そうだっ!今度一緒にゴッホ観に行きましょうよ!」


 「え?」

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