喧嘩

「ふぅ……疲れた」


今日は珍しく僕は1人だ。

いつもはアルと一緒に行動するのだが今日の彼は先に用事があるとのことだったので庭のベンチで横になっていた。一応彼には僕の場所を伝えているので寝ていても起こしてくれるだろう。


「特に何をしたつもりじゃないんだけどなぁ……」


普通に登校して、普通に授業を受けているだけなのにとても疲れた。

……まぁ理由は分かっている。

それは数分前、僕が1人で校内を歩いているとつい聞こえてしまったことである。



“アクセル君、生徒会入り間近みたいね”


“でも生徒会の役員ってもう一杯のはずよね?”


“えぇ~そんなの1人いるじゃない

ーー副会長のレイ・ハーストン君よ”


“あぁ~確かに!! 大した能力持ってないのに副会長でしょ?”


“本当に不思議ですわよねぇ……どうして副会長なのかしら”


“どうせ家柄よ家柄。妹のラウラさんは生徒会入りする能力を持っているのに兄はね……”


“ハーストン家からまさか魔法を使えない子が生まれるなんてご両親はさぞ悲しかったでしょうね”


“しかもよりによって跡取りの長男ですよ? もうラウラさんが婿を貰うしかないわね”


“こら、ハーストン君が可哀そうでしょ、あれでもハーストン家の長男ですわよ? せめて私達の社交界の際に使いましょう”


“アハハハ”



「分かっているさ……それぐらい……クソッ……!!」


彼女達の言う通り、僕は大した能力を持っていないのに生徒会の副会長になった。

人に自慢できることと言えば“ハーストン家”という家柄だけだろう。

……しかもそれは僕が努力した結果ではなく、生まれつきである。



「それに比べてアクセル・フォンはどうだろうかな……?」


とっても優秀で、性格も明るくて勇敢。いつも彼の周りには人がいて笑顔が溢れている。

しかもそれに膨大な魔力を持っている。

悪役で臆病な悪役の僕がどう頑張っても勝てる相手じゃない。


「ここはシナリオ通りに副会長の座を譲るべきなのかなぁ……」


大人しく彼に副会長の座を譲るべきなのだろう。

だがその事を考えると胸が酷く痛む。


「それでも……簡単に“はい、どうぞ”なんて言えないよなぁ……

ーーだって僕はみんなといるその場が好きなんだからさ」


ーー真面目に仕事をする会長


ーーふざけるチャスとアル


ーーそれを止めようとするラウラ


ーーその3人を暖かく見守るミラとアリーヌ先輩。


そんな生徒会の面々を見ているのが僕は大好きなのだ。

幼少期は出来るだけヒロイン達と関わらなければバッドエンドを回避できると思っていたくせに、関わっていくうちにどんどん1人になるのが怖くなっていった。


「簡単に諦めることが出来たら簡単なんだよなぁ……」


我ながら随分女々しいものだなぁ思いながら再び目を閉じようとしたら


「--お~い坊ちゃん!!」


誰かが僕を呼んできた。まぁ誰かと言っても呼び方で察するけど。


「ん……アルか……?」


呼ばれた方を見るとそこにはアルが手を振りながら走ってきた。


「わりぃわりぃ、少し野暮用が入っちまってな、遅れた」


と僕の元に来るなり、目の前で手を合わせて詫びてくるアル。そう言えば彼がどこに行っていたのかしらないが今の状況には関係ないことだろう。


「別にいいさ、少し疲れていたから僕も寝ていただけだし」


僕がそう答えるとアルは何かを察したかのように言った。


「坊ちゃん……気にすんなって、言いたい奴らには言わせておけ」


「別に気にしてないさ」


本音を言えばかなり気にしているが大切な親友の前でそんなところを見せる訳にはいかないので誤魔化すことにした。


「あいつらは坊ちゃんが今までどれだけやってきたか分からないだけだって。多分坊ちゃんと同じ立場になったら絶対半日も持たないっての

ーーなんせチャスと俺っていう問題児が暴走するのを止めないといけないからな!!」


「自分で言うかよ……ハハッ」


アルとくだらない会話をしていたら少しは気分が軽くなってきた。この男はいつもガサツだが人の気持ちに結構敏感なところがある。他の生徒達はガサツなところに目が行ってばかりなのは彼の親友として少し悲しい。


「なぁ坊ちゃん」


「なんだい?」


「たまにはアリーヌ先輩のお茶でも飲みに行こうぜ~?

最近全く飲んでないから恋しいんだよ~俺」


「……僕はいいよ。アルだけで行ってきなよ」


今の状況で僕は何を変な事を話してしまうか分からないし、何よりも今僕自身が彼女達に会いたくない。


「えぇ~行こうぜ?

ーーそれによ、今の状況マズいだろ? 坊ちゃんだって本当は分かってるだろ?」


アルは正しい事を言っている。

それは分かる、分かるけどそれを言われて肯定できるメンタルは無い。


「特に問題ないでしょ」


「いいや問題あるな。まず坊ちゃんが生徒会の面々と対話しようとしてない。

ーーそれに言いたい事があるなら口に出さないと相手に伝わらないぞ?」


「……さい」


「何だよ聞こえないっての」


「ーーうるさいな!! アルに僕の何が分かるんだよ!!」


僕は我慢の限界だった。


「ぼ、坊ちゃん?」


アルは僕がいつもは出さないような声を上げたことに驚いているようだった。

それもそうだろう、僕自身あまり声をあげない人間だからだ。

我慢してきた感情が大声とともにあふれ出す。


「アルに僕の気持ちなんて理解できないでしょ!!

毎日陰で“生徒会入りしたのも家柄や会長の幼馴染だから”言われている僕なんてさ!!

どんなに努力しても結局は“家柄”や“知り合い”だからで済まされるしな!!」


今まで努力しても全て“家柄だから”とか“会長の知り合いだから~”で済まされてしまう。確かに家柄や知り合いだからというのもあるけど、僕もそれなりに努力してきてきたつもりだ。

……でも結局はどう頑張っても理解されない。


「……」


「アルは僕か? 違うだろ!! そのくせに僕の事を分かった口調で話すのやめてくれよ!!

僕には僕の事情があるんだ!! いいから放っておいてくれよ!!」


言い終わり、ハッと思いなおしてアルの顔を見た瞬間、自分がいかに最低な発言をしたのかを理解した。


「あ……わりぃ……俺無神経すぎたな……昔からこうなんだよな俺……」


何か言わなきゃと思うのに、何故だか固まってしまって何もできない。

手を伸ばそうとするが手を出してそれ以上動かない。

アルはそんな僕の方を見ずに、そのままどこかに行ってしまった。


「何やってんだよ僕……」


僕は出した手をそのまま力なく下げた。

自分に自信がないのに、それを棚に上げていつも自信一杯のアルを羨ましい。

そんなことで僕の事を僕以上に心配してくれた親友の事を深く傷つけた。

本当に“作中で一番の嫌われ者”の名に違わない行動をしている。


「謝ろう……」


謝ろうと思ってアルの後を追おうとしたのだが


「ーーよぉ、レイ・ハーストン」


呼びかけに振り向いて、その人物の顔を見て固まった。

赤い髪に爽やか風のイケメン男子。

忘れるはずもない、だって彼はこのゲームのなのだから。


「少し話しようぜ」


アクセル・フォンがそう言って爽やか笑顔を向けてきたのであった。

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